「世」の意味・類語

「世」(よ)の意味・読み方を解説します。類語もあわせて確認できます。
世
よ
| 言葉 | 世 |
|---|---|
| 読み方 | よ |
| 意味・例文 |
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「世」の類語(同義語)・言い換え
「世」の別の言い方や言い換え、近い意味を持つ言葉の一覧です。
「世」で使われている漢字
「世」を含む故事・ことわざ・慣用句
有為転変は世の習い(ういてんぺんはよのならい)
形あるものはひとところにとどまらず、移ろい続ける。それを嘆いてもはじまらず、世とはそういうものだということ。 「有為転変」は仏教語で、さまざまの条件が寄り合って生じたものは、その条件が移れば必ず姿を変えていくことをいう。
追従も世渡り(ついしょうもよわたり)
人にこびへつらい、心にもないお世辞をいうことも、この世を渡っていくうえでの一つの知恵だということ。
曲がらねば世が渡られぬ(まがらねばよがわたられぬ)
道理や正義だけでは世の中はうまく渡っていけない。時には自分の意を曲げて相手に合わせることも必要だということ。
浮世は衣装七分(うきよはいしょうしちぶ)
とかく世間では外見を重んじ、うわべで内容を判断しがちだということ。七分は十分の七のことで、衣装で七分がた評価が下される意から。
浮世は回り持ち(うきよはまわりもち)
幸不幸、貧富、栄枯盛衰などは絶えず人から人へと回っていき、一ヶ所にとどまらないということ。
浮世は夢(うきよはゆめ)
この世はまるで夢のようにはかなく短いものであるということ。
浮世渡らば豆腐で渡れ(うきよわたらばとうふでわたれ)
世渡りは、内面にやさしさと柔軟性をもち、物事のけじめはきっちりとつけよというたとえ。豆腐は外見が四角くきちんとした形だが、内は柔らかいことから。
長い浮き世に短い命(ながいうきよにみじかいいのち)
この世が長く続いているのに比べて、人の命ははかなく短いということ。 「長い月日に短い命」ともいう。
憎まれっ子世に憚る(にくまれっこよにはばかる)
人から憎まれるような者にかぎって、世の中では幅をきかせているということ。 「憚る」とは幅をきかすこと。 「憎まれっ子」は「憎まれ子」ともいう。 また、「憎まれ子国にはびこる」「憎まれ子国にはだかる」「憎まれ子世に出ず」「憎まれ者世に憚る」などともいう。
錦着ての奉公より襤褸着ての我が世(にしききてのほうこうよりつづれきてのわがよ)
高価な着物を着られても、奉公人として人に頭を下げるより、たとえぼろ着でも自由な暮らしをしたいということ。
明日知らぬ世(あすしらぬよ)
今日は無事に過ごせたとしても、明日のことはわからない。永久不変のものなど無いという、この世の無常をいうことば。 「明日知らぬ身」ともいう。 似た言葉に「[[明日をも知れぬ身*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8713.php]]」がある。
世の取り沙汰も七十五日(よのとりざたもしちじゅうごにち)
世間の噂は長く続かず、やがて忘れられるということ。 噂話も七十五日ほどたてば下火になり、人々の口にのぼらなくなるという意から。
あの世の千日、この世の一日(あのよのせんにち、このよのいちにち)
あの世の極楽で千日暮らすより、この世で一日でも楽しむほうがよいということ。
欲の世の中(よくのよのなか)
世間の物事は、結局のところ損か得かの勘定で回っているということ。
歌は世につれ世は歌につれ(うたはよにつれよはうたにつれ)
歌は世相の変化に伴って変わっていき、世相も歌の流行に影響されるということ。
移れば変わる世の習い(うつればかわるよのならい)
時代が移り変われば世の中も変わっていくのが当然だということ。 「移り変わるは浮き世の習い」ともいう。
世の中には月夜ばかりはない(よのなかにはつきよばかりはない)
いつも明るい月夜ばかりではなく、闇夜もあるから気をつけろということ。脅し文句として使われる言葉。
世の中は九分が十分(よのなかはくぶがじゅうぶ)
世の中は何もかもが思いどおりになるものではないから、望みが九割まで叶えば、それで良しとしなければならないということ。
世の中は年中三月常月夜、嬶十七俺二十、負わず借らずに子三人(よのなかはねんじゅうさんがつじょうつきよ、かかあじゅうしちおれはたち、おわずからずにこさんにん)
世の中は、いつも三月頃の温暖な気候で、夜は明るい月夜、妻は十七歳自分は二十歳、責任も借金もなく、子どもは三人持つ暮らしが望ましいということ。江戸時代の庶民のささやかな願望をいった言葉。
世の中は三日見ぬ間の桜かな(よのなかはみっかみぬまのさくらかな)
ほんの数日目を離しただけで桜の眺めが一変するように、人の世のありさまもまたたく間に移ろうということ。 もとは江戸時代の俳人大島蓼太の句「世の中は三日見ぬ間に桜かな」から。 この句は「桜が散ってしまうこと」ではなく「桜が咲きそろうこと」を詠んだもの。 単に「三日見ぬ間の桜」ともいう。
世の中は相持ち(よのなかはあいもち)
一人で完結して生きている者などおらず、この世は誰かの手を借り、また誰かに手を貸すことで回っている。だから誰かが行き詰まったときには黙って加勢せよ、という心持ちを含む。
世渡りの殺生は釈迦も許す(よわたりのせっしょうはしゃかもゆるす)
生活の糧を得るためなら、多少むごいことや欲深いことをしても大目に見てもらえるということ。 殺生を戒める釈迦でさえ、生計のための殺生ならとがめないという意から。
石の物言う世の中(いしのものいうよのなか)
秘密や隠し事が漏れやすいことのたとえ。 言葉を発するはずのない石が物を言うほど世の中では秘密が漏れやすいとの意から。
縁と浮き世は末を待て(えんとうきよはすえをまて)
連れ合いも世の巡り合わせも、こちらで日取りを決められはしない。急いで手を伸ばさず、向こうから寄ってくるのを構えて迎えるほうがよい。
心ほどの世を経る(こころほどのよをへる)
日ごろ何を思って過ごすかが、そのまま行き着く先を決める。 歩んだ道は、抱いてきたものの大きさにおのずと収まる。
捨て子は世に出る(すてごはよにでる)
捨て子は出世するということ。親に見捨てられるような人間は逆境にも負けず、たくましく育ち、かえって世に出るものであるということ。
世間は広いようで狭い(せけんはひろいようでせまい)
世間は広いようで、案外狭いものであるということ。 思いがけない所で知人にばったり会った時などにいう言葉。 「世の中は広いようで狭い」ともいう。
総領の十五は貧乏の世盛り(そうりょうのじゅうごはびんぼうのよざかり)
長男が一人前になる一歩手前の十五歳の頃が、家計がもっとも苦しい時期だというたとえ。
旅は道連れ、世は情け(たびはみちづれ、よはなさけ)
旅をする時は同行者がいれば心強く、同様に世の中を渡るにはお互い助け合っていくのが大切だということ。
力山を抜き、気は世を蓋う(ちからやまをぬき、きはよをおおう)
勇壮な気性のたとえ。 山を引き抜くほどの大きな力と、世界を覆い尽くすほどの意気があるとの意。 敵に取り囲まれた四面楚歌の状況で楚の項羽がうたった詩「垓下歌」の一節。 「抜山蓋世」ともいう。
綱渡りより世渡り(つなわたりよりよわたり)
綱渡りは大変危険な芸だが、その綱渡りより世渡りのほうが、もっと大変で難しいということ。
とかく浮世は色と酒(とかくうきよはいろとさけ)
なんといってもこの世の楽しみは、色恋と酒であるということ。
年問わんより世を問え(としとわんよりよをとえ)
年をとっているか若いかを問題にするよりも、その人の人生経験の内容を問題にせよということ。
人間万事金の世の中(にんげんばんじかねのよのなか)
世の中は金の力がものをいい、金がすべてのものを支配しているということ。
人の情けは世にある時(ひとのなさけはよにあるとき)
周りの人が親切にするのは、こちらの勢いが盛んなうちだけで、落ち目になると誰も見向きもしなくなるということ。
世に入れられる(よにいれられる)
才能や作品の値打ちが、世の中の人々に受け入れられ高く評価されること。
世に聞こえる(よにきこえる)
広く世間に知れ渡ること。
世に出る(よにでる)
世間に名が知られること。世間に認められること。
世に問う(よにとう)
作品や考えを世間の前に差し出し、人々がそれをどう受け止めるかを確かめようとすること。
世の習い(よのならい)
世間で広く見られ、当然のこととして受け止められているありさま。
世も末(よもすえ)
道徳や秩序が失われ、この世の行く末に望みが持てないほどひどい状態であること。 嘆かわしい出来事を見聞きしたときに漏らす言葉。
世を去る(よをさる)
この世から去る。死ぬ。
世を忍ぶ(よをしのぶ)
正体や素性を人に悟られないよう、世間の目を避けて身を潜めること。
世を捨てる(よをすてる)
出家して仏門に入ること。また、世の中との関わりを絶って、ひっそり暮らすこと。
世を憚る(よをはばかる)
世間の目を気にして、遠慮がちに振る舞うこと。人前に出るのを控えること。
世を渡る(よをわたる)
生計を立てて、社会の中で暮らしていくこと。
我が世の春(わがよのはる)
物事が全て望み通りになる絶頂期。
夢の世(ゆめのよ)
夢のようにもろくあっけない世の中。
世を背く(よをそむく)
出家する。また、死ぬ。
世を遁れる(よをのがれる)
俗世間を逃れて隠れ住むこと。また、出家すること。
地獄極楽はこの世にあり(じごくごくらくはこのよにあり)
善悪の報いはあの世に行くまでもなく、この世ではっきりと現れるということ。
身も世もない(みもよもない)
悲しみに打ちのめされて、体裁をつくろう余裕さえ失うようす。
世を拗ねる(よをすねる)
世の中と折り合えず、何事もひがんだ目で見て、人と打ち解けなくなること。
世の取り沙汰は人に言わせよ(よのとりざたはひとにいわせよ)
取り沙汰というものは、押さえつけたところで収まらない。語りたい者には語らせておき、こちらは意に介さずにいればよい。
世は回り持ち(よはまわりもち)
富も運も、めぐりめぐってだれの手にも渡るものだということ。 いま持たない者のところにもいずれ回ってくるのだから、嘆くにはあたらない。
言えば世の常(いえばよのつね)
言葉にして言ってしまうと、どこにでもある平凡なことのように響いてしまい、本当のありさまを表しきれない、ということ。 美しさや悲しさなどの度合いがあまりに大きく、とても言葉では言い表せないときに使う。 昔の物語や随筆に出てくる言い回し。「世の常」は、世の中によくある並みのことの意。「言うも世の常」ともいう。 [[筆舌に尽くし難い*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/4153.php]]や[[名状しがたい*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8393.php]]も、これと通じる意味をもつ。
気は世を蓋う(きはよをおおう)
気力がとびぬけて盛んで、世の中全体をすっぽり包みこんでしまうほど大きい、ということ。 ここでいう「気」は、何かをしようとする心の勢いや意気込み。「蓋う」は、物の上にかぶさって見えなくする意。 出どころは、漢の時代にまとめられた歴史書『史記』の項羽本紀。秦が滅んだあと漢と天下を争った楚の項羽は、やがて垓下という地で漢軍に何重にも囲まれた。その夜、自分の運命をなげいて作った詩の初めの句「力山を抜き、気は世を蓋う」の、後ろ半分にあたる。 前半と合わせた形は[[力山を抜き、気は世を蓋う*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/3705.php]]、四字熟語では[[抜山蓋世*https://yoji.jitenon.jp/yojih/3993]]といい、こちらは力の強さと気力の盛んさの両方をいう。
