「年・歳」の意味・類語

「年・歳」(とし)の意味・読み方を解説します。類語もあわせて確認できます。
年
/歳
とし
| 言葉 | 年・歳 |
|---|---|
| 読み方 | とし |
| 意味 |
|
「年・歳」の類語(同義語)・言い換え
「年・歳」の別の言い方や言い換え、近い意味を持つ言葉の一覧です。
「年・歳」で使われている漢字
「年・歳(とし)」の他の読み方
「年・歳(とし)」を含む四字熟語
破瓜之年(はかのとし)
女性の十六歳のこと。または、男性の六十四歳のこと。 「瓜」の文字を縦に二つに割ると「八」「八」に分けることができ、これを加算すると十六になることから。 または、「八」「八」を乗算すると六十四になることから。
竜蛇之歳(りゅうだのとし)
十二支の辰年と巳年のこと。 または、辰年と巳年は賢者が死ぬ年とされていることから、災いの多い年、凶年のこと。 中国の後漢の学者の鄭玄は、病に伏しているときに夢の中で孔子に会い、「今年は辰年で来年は巳年だ」と言われ、その年のうちに亡くなったという故事から。
犬馬之年(けんばのとし)
自分の年齢を謙遜していう言葉。 動物の犬や馬のように、大きな功績を残すこともなく、無駄に歳をとったということから。
不惑之年(ふわくのとし)
四十歳になって、心に迷いがなくなること。 孔子が生涯を述懐して語った言葉で、四十歳のときに自分の学問に自信をもって、向かう方向が妥当だと確信して迷わなくなったということから。
而立之年(じりつのとし)
三十歳になって、自分の中の道徳観や学識が確立して、それが自信になって思想が固まること。 孔子が自身の生涯を振り返って言った言葉。 三十歳の異名の「而立」の語源。
「年(とし)」を含む故事・ことわざ・慣用句
亀の甲より年の劫(かめのこうよりとしのこう)
長く生きた者が身につけた経験と分別は、若い者の思いつきでは届かない。年上の言うことには耳を貸せということ。 「劫」はきわめて長い時間をいう仏教の語で、「功」とも書く。亀の甲羅の「こう」と音を合わせて語呂よく言ったもの。
烏賊の甲より年の劫(いかのこうよりとしのこう)
「亀の甲より年の劫」の亀を、同じく甲を持つ烏賊に置き換えた言い方。意味は変わらず、重ねた年月がものを言うということ。 「烏賊の甲」は、烏賊の体内にある舟形の甲羅のこと。
役者に年なし(やくしゃにとしなし)
役者はどんな年齢の役でも巧みに演じ、また気が若く年齢を感じさせないということ。 「芸人に年なし」ともいう。
破瓜の年(はかのとし)
瓜の字を二つに破ると二つの八の字になり、八と八を足すと十六、八と八を掛けると六十四になるということから、女性の十六歳、または男性の六十四歳のこと。
亀の年を鶴が羨む(かめのとしをつるがうらやむ)
欲望に限りのないことのたとえ。 千年の寿命をもつという鶴が、万年の寿命をもつ亀をうらやましがるとの意から。
犬馬の年(けんばのとし)
胸を張れるものを何も持たないまま、ここまで来てしまった年数。 自分の齢を低い位置に置いて名乗る言い方。
死んだ子の年を数える(しんだこのとしをかぞえる)
もう手の届かないことをいつまでも蒸し返して、詮ない繰り言を並べるたとえ。 亡くした子がいま幾つかと指を折る、その甲斐のない振る舞いになぞらえた言い方。
年が薬(としがくすり)
年を取るにつれて分別が身に付いてくるということ。 「年こそ薬なれ」ともいう。
年問わんより世を問え(としとわんよりよをとえ)
年をとっているか若いかを問題にするよりも、その人の人生経験の内容を問題にせよということ。
年には勝てない(としにはかてない)
気力があっても、年をとれば体力や健康が思うようにならないということ。
年は寄れども心は寄らぬ(としはよれどもこころはよらぬ)
年はとっても、気力はまだ衰えていないということ。
美人に年なし(びじんにとしなし)
美しい女性は、まるで年をとらないかのように、何歳になっても若く美しく見えるということ。
学ぶのに年を取り過ぎたということはない(まなぶのにとしをとりすぎたということはない)
何かを学び始めるのに遅すぎるということはない。年を重ねてからでも、新しいことは十分に身につく。 今さら遅いと尻込みしている人に向けて言う。もとは英語で言い習わされていたことわざ。
いい年をして(いいとしをして)
分別ある年齢でありながら。 大人としてふさわしくない行為を非難めかして言う言葉。
年が行く(としがいく)
ある程度の年齢になること。年を取ること。
年は争えない(としはあらそえない)
年老いると、気持ちは若いつもりでも体力の衰えは隠せないということ。
年を食う(としをくう)
年を取ること。年老いること。
年が改まる(としがあらたまる)
新しい年になること。または、年号が変わること。
年甲斐もない(としがいもない)
年齢に相応しくなく、愚かであること。
年を追う(としをおう)
ある傾向が時間と共に強まり続けたり、弱まり続けたりすること。
