「夢」の意味・類語・対義語

「夢」(ゆめ)の意味・読み方を解説します。類語・対義語もあわせて確認できます。
夢
ゆめ
| 言葉 | 夢 |
|---|---|
| 読み方 | ゆめ |
| 意味 |
|
「夢」の類語(同義語)・言い換え
「夢」の別の言い方や言い換え、近い意味を持つ言葉の一覧です。
| 分類 | 言葉 |
|---|---|
| 眠っている間に見る夢 | 睡夢 |
※広義での類語(同義語)も含まれます。
「夢」の対義語(反対語)
- ゆめ夢

- うつつ現
※広義での対義語(反対語)も含まれます。
「夢」で使われている漢字
| 部首 | 夕部(ゆうべ・ゆう・た) |
|---|---|
| 画数 | 13画 |
| 音読み | ム / ボウ |
| 訓読み | ゆめ |
| 意味 | ゆめ。眠っているときにみるもの / はかないもの。ゆめのようにはかないもの など |
「夢」を含む四字熟語
栄華之夢(えいがのゆめ)
人の繁栄は一時的なもので、長い期間続くことはないということ。 人の栄華は夢のように儚いもので、すぐに終わるということ。
炊臼之夢(すいきゅうのゆめ)
妻と死別することのたとえ。 旅先で臼(うす)で飯を炊く夢を見たため、その夢について占ってもらうと、「臼で飯を炊くのは釜を無くしたからで、”釜(ふ)”と同じ読みの”婦(ふ)”つまり”妻”を亡くすという意味だ」と言われた。 旅先から家に戻ると、実際に妻が亡くなっていたという故事から。
南柯之夢(なんかのゆめ)
夢のこと。 または、世の中は夢のようにはかないことのたとえ。 中国の唐の時代、ある男性が槐の木の下で寝ているときに、大槐安国の王の娘と結婚して南柯郡の太守となり繁栄と衰退を経験しながら二十年の歳月を過ごす夢を見たという故事から。
役夫之夢(えきふのゆめ)
人生の栄華や栄光は夢のように儚いということのたとえ。 「役夫」は使用人のこと。 昼間は主人にこき使われている使用人が「夜は夢の中で王になって楽しんでいるから平気だ」と言ったという故事から。
胡蝶之夢(こちょうのゆめ)
自分とものとの区別がなくなって、全てのものが一つのものとする万物一体の境地のこと。または、人の生がはかないことのたとえ。または、夢と現実の境がはっきりと区別できなくなること。 荘子が胡蝶になって遊ぶ夢をみて、目が覚めると夢で胡蝶になったのか、胡蝶が夢をみて自分になったのかわからなくなったという故事から。
荘周之夢(そうしゅうのゆめ)
自分とものとの区別がなくなって、全てのものが一つのものとする万物一体の境地のこと。または、人の生がはかないことのたとえ。または、夢と現実の境がはっきりと区別できなくなること。 「荘周」は道教の始祖の一人とされる思想家の荘子の別名。 荘子が胡蝶になって遊ぶ夢をみて、目が覚めると夢で胡蝶になったのか、胡蝶が夢をみて自分になったのかわからなくなったという故事から。
巫山之夢(ふざんのゆめ)
男女の交わり、情交のたとえ。 「巫山」は中国の四川省と湖北省の間にある、女神が住んでいたとされる山のこと。 中国の戦国時代の楚の懐王が昼寝をした際、夢の中で巫山の女神と情交を結んだ。別れ際に女神が「朝には雲となって、夕方には雨となってここに参ります」と言ったという故事から。
盧生之夢(ろせいのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「盧生」は人の名前。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
一炊之夢(いっすいのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「一炊」は一度飯を炊くこと。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
邯鄲之夢(かんたんのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「邯鄲」は中国の町の名前。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
華胥之夢(かしょのゆめ)
良い夢のこと。 または、昼寝のこと。 「華胥」は夢の中にある理想郷。 中国の伝説の聖天子の黄帝は、昼寝をしていると華胥という国に行く夢を見た。 華胥では、人民に不満などが何も無く、理想的な政治が行われていた。 夢から覚めた黄帝は、その国を見習った政治をすると、自国をうまく治めることができたという故事から。
蕉鹿之夢(しょうろくのゆめ)
成功や失敗は夢のように儚いということのたとえ。 または、あきらめがよいことのたとえ。 「蕉」は植物の芭蕉の葉のこと。 中国の春秋時代、鄭の国の人が鹿を仕留めて芭蕉の葉を被せて隠したが、隠した場所を忘れたために、鹿を仕留めたのは夢だったかもしれないと諦めたという故事から。
黄粱之夢(こうりょうのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「黄粱」は穀物の大粟の別名。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
「夢」を含む故事・ことわざ・慣用句
南柯の夢(なんかのゆめ)
目を覚ましてみれば、位も屋敷も、木の根の下に空いた蟻の穴ひとつぶんの出来事だった。 掴んだはずのものが、まるごと絵空事に変わってしまう場合に引く。 唐の淳于棼が槐の木陰でまどろんだ折の逸話から出ており、眠りのうちに見るもの一般をさすこともある。
往事渺茫としてすべて夢に似たり(おうじびょうぼうとしてすべてゆめににたり)
昔の出来事はいまとなっては霞のかなたに遠のいて、あれもこれも夢の中のことのように思われるということ。 「往時」は過ぎ去った昔で、原詩では「往事」と書く。「渺茫」は遠く広がってはっきりしないさま。
浮世は夢(うきよはゆめ)
この世はまるで夢のようにはかなく短いものであるということ。
聖人に夢なし(せいじんにゆめなし)
昼のうちに抱え込むものが無ければ、夜に持ち越す像も無い。 眠りの深さは、その人の心の澄み方をそのまま映す。
痴人の前に夢を説く(ちじんのまえにゆめをとく)
このうえなく馬鹿げたことをするたとえ。愚かな人にとりとめない夢の話を説き聞かせる意から。
夢に牡丹餅(ゆめにぼたもち)
夢ではないかと思うような幸運が舞い込むことのたとえ。 「夢に餅」「夢に餅食う」ともいう。
夢の浮橋(ゆめのうきはし)
見ている夢そのもの。 また、この世は踏めば揺れる足場のようで、渡っていく先が心もとない。
夢のまた夢(ゆめのまたゆめ)
非常にはかないこと。また、到底実現しそうにないこと。 夢の中でみる夢のことから。 「夢の夢」ともいう。
夢は五臓の煩い(ゆめはごぞうのわずらい)
眠っているあいだに見るものは、からだの内側が弱っているしるしだと、昔から言われてきた。 寝覚めの悪い夢を見た人をなだめるのに持ち出す。
夢は逆夢(ゆめはさかゆめ)
夢と現実は逆になるものなので、たとえ悪い夢を見ても気にすることはないということ。 「夢は逆実」ともいう。
夢枕に立つ(ゆめまくらにたつ)
夢の中に神仏や死んだ人の霊が現れて、物事を告げ知らせること。「夢枕」は夢を見ている人の枕元。
邯鄲の夢(かんたんのゆめ)
人生の栄枯盛衰のはかなさのたとえ。 昔、中国の邯鄲(かんたん)で盧生という青年が、道士から枕を借りて眠った。夢の中で、出世して財力や権力を手に入れるという長い人生の経験をしたが、目覚めてみると炊きかけの粥がまだ煮えきらない短い時間であったという故事から。 「邯鄲の枕」「一炊の夢」「盧生の夢」「黄粱の夢」「黄粱の一炊」「黄粱一炊の夢」など多くの呼び方がある。
京の夢、大阪の夢(きょうのゆめ、おおさかのゆめ)
京都の夢がふっと大阪に変わるように夢はとりとめのないものだということ。また、夢では大阪のことも京都のこともたやすく見られるように、夢でなら様々な願望が叶うものだということ。 夢の話や夢のような話をする前に唱える言葉。江戸いろはがるたの最後の句。
槿花一朝の夢(きんかいっちょうのゆめ)
栄華が長続きしないことのたとえ。 「槿花」は、むくげの花。 朝に咲いて夕方にはしぼんでしまうむくげの花のように、はかない栄華との意から。 「槿花一朝の夢」ともいう。
胡蝶の夢(こちょうのゆめ)
夢と現実の世界との区別がつかなくなるたとえ。また、人生が夢のようにはかないことのたとえ。 「胡蝶」は蝶の美称。 昔、荘子が蝶になった夢を見たが、目が覚めるともとのままの自分で、自分が夢の中で蝶になったのか、それとも夢の中の蝶が自分になったのか、わからなくなったという故事から。
浮生夢の如し(ふせいゆめのごとし)
生きて過ごす年月は、過ぎてしまえば手のうちに何も残らない。 確かに掴んだつもりのものが、振り返れば影のように薄いという嘆き。
巫山の夢(ふざんのゆめ)
男女が夢の中で情交を結ぶこと。また、男女の情愛が細やかなことのたとえ。 中国楚の懐王が、昼寝の夢の中で巫山という山の神女と契ったという故事から。 「巫山の雲雨」「巫山の雲」「巫山の雨」「巫山の春」「[[朝雲暮雨*https://yoji.jitenon.jp/yojig/3167.html]]」ともいう。
痴人夢を説く(ちじんゆめをとく)
話のつじつまの合わないこと、または要領を得ないことのたとえ。 愚かな者が、自分の見た夢の説明をするとの意から。
長夜の夢(ちょうやのゆめ)
明けない夜に横たわっているように、生涯を朧げなまま過ごすこと。 仏の教えでは、迷いから抜け出せず生き死にを繰り返す身の上をこう呼ぶ。 「長夜の夢」ともいう。
栄華の夢(えいがのゆめ)
人の繁栄は一時的なもので、長い期間続くことはないということ。 人の栄華は夢のように儚いもので、すぐに終わるということ。
見果てぬ夢(みはてぬゆめ)
途中で覚めてしまい、結末を知らずじまいに終わった夢。転じて、追いかけながらとうとう手の中に収まらなかった願いのこと。
夢を描く(ゆめをえがく)
将来の希望を心の中に思い描くこと。
夢を追う(ゆめをおう)
自分の描いている理想を追い求めること。
夢を見る(ゆめをみる)
未来に希望を抱き、空想にふけること。
夢を結ぶ(ゆめをむすぶ)
夢を見ること。また、眠りにつくこと。
夢が覚める(ゆめがさめる)
心の迷いがなくなり、正気を取り戻すこと。
夢から覚めたよう(ゆめからさめたよう)
我を忘れて何かに夢中になっていた人が、ふと我に返って普段の自分を取り戻すさま。
夢路を辿る(ゆめじをたどる)
夢を見ながら安らかに眠ること。
夢の世(ゆめのよ)
夢のようにもろくあっけない世の中。
夢を託す(ゆめをたくす)
自分が抱く理想、将来への大きな期待、自分自身の力では成し遂げることが難しい望みなどを、信頼できる他者や次世代の存在に委ねること。
揚州の夢(ようしゅうのゆめ)
若き日の遊興に明け暮れた日々を、遠くから懐かしむ思い。唐の杜牧が、揚州の花街で過ごした歳月を詩「遣懐」に詠み返したことによる。
池塘春草の夢(ちとうしゅんそうのゆめ)
池をめぐる土手の若草に身を横たえて見た、うたた寝の夢。年若いころの楽しかった日々が、まばたきのうちに跡形もなく去ってしまうことのたとえ。
