「才」の意味

「才」(さい)の意味・読み方を解説します。
才
さい
| 言葉 | 才 |
|---|---|
| 読み方 | さい |
| 意味・例文 |
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「才」で使われている漢字
「才」を含む四字熟語
鷹犬之才(ようけんのさい)
猟で使われる鷹(たか)や犬は主の意思に従って働くことから、手先として使うことで役に立つ才能やその才能の持ち主のこと。 「才」は才能、または才能の持ち主。
詠雪之才(えいせつのさい)
文才がある女性のこと。 晋の王凝之の妻の謝道蘊が、降る雪を白い綿毛がある種子の柳絮にたとえた詩を詠み、文才をたたえられた故事から。
王佐之才(おうさのさい)
君主を助けて国を治めるだけの、すぐれた才能。また、その才能をもつ人。 「王佐」は王を補佐すること。 漢の劉向が董仲舒を評して、王を助けるだけの才があると言ったことによる。
七歩之才(しちほのさい)
「七歩」は七歩歩くという意味で、七歩歩く間にすぐれた詩を素早く作る詩の才能のこと。 三国時代、曹植の詩才に嫉妬した曹丕は七歩歩く間に詩を作ることが出来なければ処刑すると命じたところ、即座にすぐれた詩を作ったという故事から。
蓋世之才(がいせいのさい)
やる気に満ちていて、世を覆い尽くすほどの優れた才能を持っている人のこと。 「蓋世」は世を覆い尽くすこと。 「才」は優れた才能のこと。
命世之才(めいせいのさい)
世に有名な才能のこと。 または、そのような才能を持っている人のこと。 「命世」は世に名前が知れ渡っているという意味。
螻蛄之才(ろうこのさい)
様々な技能をもっているが極めている技能がないこと。 または、役に立つ技能が一つとしてないこと。 「螻蛄」はけらのことで、飛ぶ、木に登る、泳ぐ、穴を掘る、走るという五つの能力があるが、どれも極めてはいないことから。
柳絮之才(りゅうじょのさい)
文才がある女性のこと。 晋の王凝之の妻の謝道蘊が、降る雪を白い綿毛がある種子の柳絮にたとえた詩を詠み、文才をたたえられた故事から。
不羈之才(ふきのさい)
非常にすぐれた才能。 「羈」はつなぐという意味。 誰にも繋ぎとめることが出来ない才能という意味から。
曠世之才(こうせいのさい)
この世に比べることができるものが存在しないほどすぐれているということ。 「曠世」は比較できるものがないという意味。
百里之才(ひゃくりのさい)
人々を治めることのできる、それなりの能力のこと。 「百里」は四方が百里の範囲のことで、古代中国の一つの県の大きさをいう。 一つの県を治めることが出来るくらいの能力という意味から。
几案之才(きあんのさい)
美しい文章を作る才能のこと。 または、その才能を持っている人のこと。 「几」と「案」はどちらも机のこと。 「机案之才」とも書く。
「才」を含む故事・ことわざ・慣用句
才余りありて識足らず(さいあまりありてしきたらず)
才能にあふれているのに、見識が不足していること。
才子、才に倒れる(さいし、さいにたおれる)
優れた才能を持っている人は、その才能を過信しすぎて、かえって失敗することがあるということ。
一引き、二才、三学問(いちひき、にさい、さんがくもん)
出世の条件は、第一に上のひとの引き立て、二番目は才能、三番目が学問であるということ。
柳絮の才(りゅうじょのさい)
詩文にすぐれた女性の才能をたたえていう言葉。「柳絮」は風に飛ぶ柳の綿毛。 晋の謝安が雪の日に一族を集め、この降りようは何にたとえられるかと聞くと、甥は空にまく塩と答えたが、姪の謝道韞は風に舞い立つ柳の綿毛には及ぶまいと答え、大いに喜ばれた。 同じ雪の日の話から出た言葉として、[[詠雪の才*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8957.php]]もある。
七歩の才(しちほのさい)
詩文を作る才能が非常にすぐれていること。また、詩作の早いこと。魏の曹植が、兄の文帝(曹丕)に七歩あゆむ間に詩を作れと命じられてただちに作ったという故事から。
才に走る(さいにはしる)
能力や才能を過信して地道な努力や注意を怠ること。
青二才(あおにさい)
若く、未熟な男子。また、そのような人を罵って言ったり、自身を謙遜して言う言葉。 「青」は未熟の意、「二才」は出世魚のボラの稚魚のことで、まだ若いボラとの意から。
詩に別才あり(しにべっさいあり)
よい詩が生まれるかどうかは、書物をどれだけ読み込んだかとは別のところで決まるということ。詩を成すには、授かった目と耳が要る。
詠雪の才(えいせつのさい)
女性の、詩や文章をつくる力が人並みはずれていることを、ほめたたえる言い方。「詠雪」は、雪のありさまを詩によむこと。 中国の晋の時代、ある雪の日に、政治家の謝安が身内の若者たちを集めていたところ、雪が急に激しく降りだしたので、この雪は何に見立てられるかと問いかけた。おいの謝朗は「空中に塩をまいたようだ」と答えたが、めいの謝道韞は「それよりも、柳の綿毛が風に乗って舞い上がるさまにたとえるほうがよい」と答え、謝安はたいへん喜んだ。言葉の由来は、この話にある。 謝道韞は、晋の王凝之の妻である。同じできごとをもとに[[柳絮の才*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1603.php]]という呼び方も生まれ、四字熟語では[[詠雪之才*https://yoji.jitenon.jp/yoji/296]]という。
才に溺れる(さいにおぼれる)
生まれつきの頭のよさや腕前をあてにするあまり、思わぬ失敗をまねくこと。自分には力があるという思いが行き過ぎて、それがもとで物事をしそこなうさま。 「才」は、その人がもとから備えている知恵や能力のこと。「溺れる」は、水に沈んでもがくさまから転じて、ある事にのめりこみすぎて冷静さを失うさまをいう。 才能に恵まれた人ほど、その才能のせいでつまずきがちだと戒める[[才子才に倒れる*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/316.php]]や、才能にまかせて、こつこつ励むことや用心を怠る意の[[才に走る*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/6432.php]]と意味が近い。
