「如し」の意味

「如し」(ごとし)の意味・読み方を解説します。
如し
ごとし
| 言葉 | 如し |
|---|---|
| 読み方 | ごとし |
| 意味 |
|
「如し」で使われている漢字
「如し」を含む故事・ことわざ・慣用句
傾蓋、故の如し(けいがい、このごとし)
道端でひとたび言葉を交わしただけの相手と、長く付き合ってきた間柄のように心を許し合うこと。 「傾蓋」は行き合った車どうしが日よけを傾け寄せる意で、車を止めたわずかの間の立ち話をいう。讒言で獄につながれた鄒陽が、白髪になるまで交わっても他人のままの仲があるのと並べ、人を見る目の確かさを君主に訴えたときに引いた古いことわざ。
塩にて淵を埋む如し(しおにてふちをうずむごとし)
やっても無駄なことや不可能なことをすること。 塩で深い水たまりを埋めようとするとの意から。
富貴は浮雲の如し(ふうきはふうんのごとし)
財産や高い地位は、空を流れる雲のようにたよりないもので、いつまでも身に添うとは限らない。また、そうしたものに心を引かれないさまにもいう。
例によって例の如し(れいによってれいのごとし)
今度もまた前と寸分違わない運びになった、と言うときの言い回し。期待した目新しさが何一つ無かったという気分がこもる。
魚の木に登るが如し(うおのきにのぼるがごとし)
魚が木に登ろうとするように、不可能なことをしようとするたとえ。
魚の釜中に遊ぶが如し(うおのふちゅうにあそぶがごとし)
危険が迫っていることも知らずにのんきにしていることのたとえ。また、死が迫っていることのたとえ。 やがて煮られることも知らずに魚が釜の中をのんびり泳いでいることから。 「釜中の魚」ともいう。
人生夢の如し(じんせいゆめのごとし)
この世はまるで夢のようにはかなく短いものであるということ。
帰心、矢の如し(きしん、やのごとし)
故郷や我が家に帰りたいと思う気持ちが募ること。
大賢は愚なるが如し(たいけんはぐなるがごとし)
本当に賢い人は知識をひけらかさないから、一見愚か者のように見えるということ。
油に水の混じる如し(あぶらにみずのまじるごとし)
水と油が混じり合わないように、二つのものが調和せず、性質が合わないことのたとえ。 「水に油」「油に水」「油に水の混じる如し」などともいう。
危うきこと虎の尾を踏むが如し(あやうきこととらのおをふむがごとし)
非常に危険なことをすることのたとえ。 「危うきこと虎の尾を踏むが如し」ともいう。
禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし)
災いと幸いは、一本の縄に撚り込まれた二筋にあたる。入れ替わり立ち替わり巡ってくるので、今日の不運が明くる日の実りの端緒になることも珍しくない。糾うは、二筋をないあわせる意。
危うきこと累卵の如し(あやうきことるいらんのごとし)
丸い殻を幾つも上へ積んだ形を持ち出して、いま置かれた際どさを言い表す。国や家が危ういところまで来ていると人に告げる場面で使われ、下の一つが抜ければ上まで残らず落ちる。
野鶴の鶏群に在るが如し(やかくのけいぐんにあるがごとし)
並の者ばかりのなかに、ひとりだけ格の違う人がいること。野に育った鶴が鶏の囲いに立ち混じったかのようだ、と晋の嵇紹を評した一句による。
光陰、矢の如し(こういん、やのごとし)
月日が経つのが早いことのたとえ。 「光」は日、「陰」は月のこと。 月日は、矢が飛ぶようにあっという間に過ぎ去るという意味から。
錐の嚢中に処るが如し(きりののうちゅうにおるがごとし)
すぐれた人は、多くの人の中にいても自然とその才能が現れるというたとえ。袋の中の錐は、その鋭い先端が外に飛び出ることから。
嚢中の物を探るが如し(のうちゅうのものをさぐるがごとし)
袋の中の物を探すように、非常に簡単なことのたとえ。 「嚢中」は袋の中。 「袋の物を探るが如し」ともいう。
弊履を棄つるが如し(へいりをすつるがごとし)
破れた履物を捨てるように、惜しげもなく捨てることのたとえ。
星を数うる如し(ほしをかぞうるごとし)
限りのないこと、できるはずのないことのたとえ。
綸言汗の如し(りんげんあせのごとし)
いったん流れ出た汗が肌へ戻ることはない。上に立つ者が口にした言葉もこれと同じで、あとで引き取ることはかなわない。
良賈は深く蔵して虚しきが如し(りょうこはふかくぞうしてむなしきがごとし)
腕のいい商人は、値打ちのある品を奥にしまって店先には並べない。 中身の詰まった人ほど、それを人目にさらさずに構えているという。 「良賈」は、商いの上手な人。
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し(ひとのいっしょうはおもにをおうてとおきみちをゆくがごとし)
人生は長く苦しいものだから、辛抱強く努力を重ねて着実に進んでいかなければならないという教え。徳川家康の遺訓から。
人の心は面の如し(ひとのこころはおもてのごとし)
人の顔がひとりひとり違うように、人の心もそれぞれ異なるということ。 「人心の同じからざるは其の面の如し」ともいう。
水の低きに就くが如し(みずのひくきにつくがごとし)
水が低い方へ流れていくように、物事のなりゆきは止めようとしても止められないということ。
君子の過ちは日月の蝕の如し(くんしのあやまちはじつげつのしょくのごとし)
人の上に立つ者のしくじりは、覆い隠せない。ただ、欠けたものが元へ戻るところまで衆目にさらされるので、直した姿もまたそのまま仰がれる。
君子の交わりは淡きこと水の如し(くんしのまじわりはあわきことみずのごとし)
行き来は薄くとも、切れずに続くのが人物のできた者どうしの付き合いである。濃く甘い結びつきは、うまみが尽きた途端にほどけてしまう。
薄氷を履むが如し(はくひょうをふむがごとし)
足を乗せた先がいつ抜けても不思議のない場所へ、そろそろと踏み出していく。 息を詰めて一歩ずつ運ばねばならない、張り詰めた場面をいう。
大勇は怯なるが如し(たいゆうはきょうなるがごとし)
本当に勇気のある人はむやみに人と争ったりしないので、一見勇気がないように見えるということ。「大勇は闘わず」「大勇は怯なるが如し」ともいう。
一見、旧の如し(いっけん、きゅうのごとし)
初めて顔を合わせたその場で、昔なじみの友と変わらぬほど心が通い合うこと。 「一見」は初対面、「旧」は古い付き合いの意。
影の形に随うが如し(かげのかたちにしたがうがごとし)
いつもいっしょにいて離れないこと。 影が必ず物につき随うことから。 「影の形に添うが如し」「影の形に添うように」ともいう。
鼎の沸くが如し(かなえのわくがごとし)
鼎の中で湯が沸き立つように、物事が混乱して騒がしく、おさまりがつかないことのたとえ。
綺羅星の如し(きらぼしのごとし)
名の知れた顔ぶれが一つ所に集まり、どれもがひときわ目を引く。数の多さより、一人一人が放つ華やぎのほうに重みがある。 「綺羅」と「星」を並べた言い方が一続きに読まれ、「綺羅星」という語ができた。
浮生夢の如し(ふせいゆめのごとし)
生きて過ごす年月は、過ぎてしまえば手のうちに何も残らない。 確かに掴んだつもりのものが、振り返れば影のように薄いという嘆き。
芝蘭の室に入るが如し(しらんのしつにいるがごとし)
すぐれた人物のそばに身を置いていると、教わるでもなくその人となりが移ってくる。 香草を満たした部屋にいた者から、いつしか同じ匂いがするように。
十年一日の如し(じゅうねんいちじつのごとし)
長い年月が経っても、少しも変わらず同じ状態である様子。 十年経っても、最初の一日と同じであるとの意から。
白駒の隙を過ぐるが如し(はっくのげきをすぐるがごとし)
振り返る間もなく年が積もっていく。 人の世などひとまたぎで終わってしまう、という嘆きを込めて使う。
人生、朝露の如し(じんせい、ちょうろのごとし)
人生は朝日が射せばたちまち消えてしまう露のようにはかないものだということ。
過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるはなおおよばざるがごとし)
行きすぎたものは、届かなかったものと出来ばえが並ぶ。どちらへ振れても狙った形にはならず、中ほどで踏みとどまるのがよい。
赤貧洗うが如し(せきひんあらうがごとし)
手を伸ばして掴めるものが、家のどこにも残っていない。棚も櫃も空で、銭に換えられる品さえ見当たらない暮らしぶりをいう。 「赤」は、すっかりそうだという意を添える。
善悪の報いは影の形に随うが如し(ぜんあくのむくいはかげのかたちにしたがうがごとし)
影が形に付き随うように、善悪の行為に対する報いは必ずあるということ。
大旱の雲霓を望むが如し(たいかんのうんげいをのぞむがごとし)
物事の到来を待ち望むことのたとえ。 「大旱」はひどい日照り、「雲霓」は雲と虹のこと。 ひどい日照りの時に、雨の前触れである雲や虹を待ち望むとの意から。
大智は愚の如し(たいちはぐのごとし)
真に知恵のある人物は、知識や知恵をひけらかさないので、一見愚か者のように見えるということ。
脱兎の如し(だっとのごとし)
逃げるうさぎのように、非常にすばやいことのたとえ。
玉の杯、底なきが如し(たまのさかずき、そこなきがごとし)
どれほど念入りに作られていても、要の一点が抜けていれば用をなさない。ほかがすべて整っているだけに、その一つの欠けが決定的になる。 「杯」を「巵」、「底」を「当」と書く本もある。
男子の一言、金鉄の如し(だんしのいちごん、きんてつのごとし)
男がひとたび言い放った言葉は、金や鉄のように堅くゆるぎないもので、約束したからには必ず守り通さねばならないということ。 「一言」は「いちげん」とも読む。
錦を衣て夜行くが如し(にしきをきてよるゆくがごとし)
暗い夜道を錦を着て歩いても誰にもわかってもらえないのと同じで、いくら出世しても故郷に帰らなければ人々に知ってもらうことはできないので、出世した甲斐がないということ。 「繍(しゅう)を衣て夜行くが如し」ともいう。
始めは処女の如く後は脱兎の如し(はじめはしょじょのごとくのちはだっとのごとし)
かかりは物慣れぬふうを装って相手の身構えを解き、隙ができた途端に手のつけようもない速さで畳みかける。 もとは戦いの運びを説いた言葉だが、のちには足の速さひとつを言うだけの場面にも回された。
符節を合するが如し(ふせつをがっするがごとし)
二つのものがぴったり合うことのたとえ。 「符節」は、後日の証拠とするために、木や竹の札に文字などを書き中央に割り印を押して二つに割り、二人が一片ずつ持つようにしたもの。 その符節を合わせたように一致するとの意から。 「符節を合わすが如し」ともいう。
安きこと泰山の如し(やすきことたいざんのごとし)
どっしりと安定していて、ものに動じない様子のたとえ。 「泰山」は、中国山東省にある大きな山で、その泰山のように落ち着いてどっしりしているとの意から。
環の端無きが如し(たまきのはしなきがごとし)
巡り巡って終わりがないことのたとえ。 「環」は、輪の形をした飾り。 輪の形をしている環に端がないように、終わりがないとの意。
胆斗の如し(たんとのごとし)
肝が据わっていることのたとえ。度胸があって落ち着いていることのたとえ。 「斗」は、一斗(十升)入る枡(ます)のこと。 胆の大きさが一斗の枡ほどあるとの意から。
雨、車軸の如し(あめ、しゃじくのごとし)
大粒の雨がはげしく降るさま。雨脚を車軸に見立てていうことから。
蟻の甘きにつくが如し(ありのあまきにつくがごとし)
蟻が甘いものに群がるように、利益のある所に人が群がることのたとえ。
市に帰するが如し(いちにきするがごとし)
多くの人が市場に集まるように、人徳のある人のところへ人々が慕って集まるということ。
傍らに人無きが如し(かたわらにひとなきがごとし)
同席している者を、まるで数のうちに入れずに動く。 声の大きさも身の置き方も、人前だからと改める気配がない。
件の如し(くだんのごとし)
前に述べた通りである。文章の末尾などに用いられる。 多く「よって件の如し」の形で使われる。
甑に坐するが如し(こしきにざするがごとし)
じっとしていても汗の噴き出すような、真夏のひどい暑さのたとえ。米を蒸す器の中に据えられ、下からあぶられているようだ、という意。
死を視ること帰するが如し(しをみることきするがごとし)
命が尽きるのを、旅先から住み慣れた家へ戻るのと変わらぬものとして受け止め、少しも取り乱さないさま。
珠玉の瓦礫に在るが如し(しゅぎょくのがれきにあるがごとし)
値打ちのない石ころに埋もれていても、玉はおのずと輝きを放つ。人の器量も同じで、周囲に紛れきることがない。
善に従うこと流るるが如し(ぜんにしたがうことながるるがごとし)
よいと見きわめたことには、堰を切った水が下へ向かうように、間を置かず寄っていく。
左右の手を失うが如し(さゆうのてをうしなうがごとし)
まるで両方の手を同時に失ったかのように、最も信頼していたものを失って落ち込むこと。
吾が心秤の如し(わがこころはかりのごとし)
私の心は、秤(はかり)のように公平であるということ。 どちらか一方に偏ったり、私情を交えたりしないという意味。
鼠も虎の如し(ねずみもとらのごとし)
小さな鼠でも、命がけで飛び出すときは虎のような勢いを示すということ。 弱い者でも、必死になれば強者をも圧するほどの勢いや迫力を持つことのたとえ。
大弁は訥なるが如し(たいべんはとつなるがごとし)
真に弁の立つ者ほど言葉を惜しむので、はた目には話し下手にすら映る。「訥」は口が重い意。老子が「大巧は拙なるが若し」と並べて説いたことば。
手習いは坂に車を押す如し(てならいはさかにくるまをおすごとし)
学びは手を休めたとたんに退いてしまうものだから、途切れさせずに続けよという教え。坂の途中で荷車を支える手を放せば、車はそのまま下へ滑り落ちることから。
命は風前の灯の如し(いのちはふうぜんのともしびのごとし)
人の命はもろく、ふとしたことで尽きてしまう。 吹きさらしに置かれた灯が、ひと息であっけなく立ち消えるのに重ねた言い方。
書を校するは塵を掃うが如し(しょをこうするはちりをはらうがごとし)
書き写した文の誤りを正す仕事は、はらうそばから降りかかる埃を相手にするようなもので、どこまで手を入れても取りこぼしは残るということ。
生を視ること死の如し(せいをみることしのごとし)
生きていることと死んでいることを分け隔てせず、授かった命をあるがままに引き受けること。何ごとにも動じることなく、静かに日を送る境地をいう。
堵の如し(とのごとし)
物見高い人々が幾重にも立ち並んで、あたりを塀のごとく取り巻くさま。「堵」は垣の意。
砥の如し(とのごとし)
道の面に凹凸がなく、真っ平らに続いているさま。研ぎ石の表を思わせる滑らかさをいう。
深淵に臨んで薄氷を履むが如し(しんえんにのぞんではくひょうをふむがごとし)
片や底の見えない淵、片や割れかけた氷。 どちらへ動いても後戻りのきかない場所に立たされた心持ちをいう。 目に見える危うさは誰でも避けるのに、政の危うさのほうは見落とすと戒める文脈で使われた句。
深淵に臨むが如し(しんえんにのぞむがごとし)
足元がすぐ切れ落ちている場所に、そのまま身を置いている。 また、底の知れない所を前にしたときと同じく、一挙一動を確かめながら事に当たること。
蓮華の水に在るが如し(れんげのみずにあるがごとし)
濁った水にじかに根を下ろしながら、その濁りは花のところまで上がってこない。俗世のただ中に身を置き、そこから離れずにいて、なお自分の色を移されない人のありようをいう。 菩薩の姿をこの花に重ねて説いたところから。
銘木の伽羅におと無きが如し(めいぼくのきゃらにおとなきがごとし)
真価のある者ほど、その力をあらわに示さず、そうと気づかれにくいということ。 香木として珍重される伽羅が、あからさまに匂い立たないことにたとえた言い方。 「おと」は香りのこと。
竜の雲を得る如し(りゅうのくもをうるごとし)
またとない場を得て、持てる力を存分に振るうさま。 竜は雲を得てはじめて天へ昇るとされることから。
竜に翼を得たる如し(りゅうにつばさをえたるごとし)
もともと強い者に、さらに強みが加わること。 天へ昇る竜が翼まで手に入れた、という図。
師匠は鐘の如し(ししょうはかねのごとし)
よい師は、弟子が浅く問えば浅く、深く問えば深く応じるということ。 学ぶ側の問いの重さが、そのまま受け取る教えの重さになる。 鐘を強く撞けば高く鳴り、そっと撞けば低くしか鳴らないのと同じだという。
