「より」の意味

「より」(より)の意味・読み方を解説します。
より
より
| 言葉 | より |
|---|---|
| 読み方 | より |
| 意味 | いまの度合いを一段うわまわって。 |
| 例文 | 「より良い方法」 |
「より」を含む故事・ことわざ・慣用句
亀の甲より年の劫(かめのこうよりとしのこう)
長く生きた者が身につけた経験と分別は、若い者の思いつきでは届かない。年上の言うことには耳を貸せということ。 「劫」はきわめて長い時間をいう仏教の語で、「功」とも書く。亀の甲羅の「こう」と音を合わせて語呂よく言ったもの。
烏賊の甲より年の劫(いかのこうよりとしのこう)
「亀の甲より年の劫」の亀を、同じく甲を持つ烏賊に置き換えた言い方。意味は変わらず、重ねた年月がものを言うということ。 「烏賊の甲」は、烏賊の体内にある舟形の甲羅のこと。
聞いた百文より見た一文(きいたひゃくもんよりみたいちもん)
人から百文の値打ちと聞かされるよりも、自分の目で見たほうが値打ちがあるということ。
搗いた餅より心持ち(ついたもちよりこころもち)
品物をもらったことより、その心づかいがなおうれしいということ。
見栄張るより頬張れ(みえばるよりほおばれ)
人目をどう繕っても腹はふくれず、こちらの手元には何ひとつ残らない。 出されたものはその場でいただくのが、結局は身のためになる。
理詰めより重詰め(りづめよりじゅうづめ)
相手を理屈で納得させようとするより、重箱に詰めたご馳走でもてなす方が事がうまく運ぶということ。
負うた子より抱いた子(おうたこよりだいたこ)
身近なことを優先したり、大事にするのが人情だというたとえ。背中に負ぶった子より前に抱いている子を先に面倒見てしまう意から。
挨拶より円札(あいさつよりえんさつ)
お礼の言葉より、金銭をもらうほうがありがたいということ。「拶」と「札」を語呂合わせにしたことば。
青は藍より出でて藍より青し(あおはあいよりいでてあいよりあおし)
教わった者が、教えた者の届かなかったところまで行く。 育てた側にとっては、これ以上ない誉れになる。 「出藍の誉れ」ともいう。
氏より育ち(うじよりそだち)
人格形成に大事なのは、家系や血統より育った環境であるということ。
糟糠の妻は堂より下さず(そうこうのつまはどうよりくださず)
貧しく苦しい時から苦労をともにし長年連れ添った妻は、たとえ自分が出世しても家から追い出すわけにはいかないということ。
父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深し(ちちのおんはやまよりもたかく、ははのおんはうみよりもふかし)
父母から受けた恩は広大で深いということ。 両親の愛情をたとえたもの。 「父母の恩は山よりも高く海よりも深し」ともいう。
孫飼わんより犬の子飼え(まごかわんよりいぬのこかえ)
孫を可愛がっても孝養は期待できないから、犬でも飼ったほうがましだということ。
孫は子より可愛い(まごはこよりかわいい)
孫は子ども以上にかわいいということ。祖父母が孫をかわいがることの甚だしさをいう。
松かさより年かさ(まつかさよりとしかさ)
かさで比べるなら、松の実の笠より重ねた年の数のほうだ。 「まつかさ」と「としかさ」を並べた言い回しで、長く生きた者の見聞きを立てるときに使う。
待つ身より待たるる身(まつみよりまたるるみ)
人を待っている人もつらいものだが、待たせている者も相手のことが気になってつらいものだということ。
祭りより前の日(まつりよりまえのひ)
祭りの当日より、待ちかねている前日のほうが楽しいということ。
色気より食い気(いろけよりくいけ)
色欲より食欲が上だということ。また、外観より内容を取ることにもいう。
花の下より鼻の下(はなのしたよりはなのした)
花を楽しむより、鼻の下にある口に食べさせることのほうが大事だということ。
花より団子(はなよりだんご)
外観より実利があるもののほうがよいということ。 食べられない花より、団子のほうがありがたいという意味から。
親ずれより友ずれ(おやずれよりともずれ)
家の中で受ける躾よりも、外で付き合う相手のほうが人となりを作っていく。 「擦れる」は、揉まれて世慣れること。
親の恩より義理の恩(おやのおんよりぎりのおん)
親から受けた恩より、恩義を受けた人に報いるほうが先決だということ。
遠きに行くは必ず近きよりす(とおきにゆくはかならずちかきよりす)
どれほど先にある目標でも、始まりは必ず手の届く一歩にある。遠さばかりを見て身近な一歩を飛ばせば、そこから先へは進めない。
遠くの親類より近くの他人(とおくのしんるいよりちかくのたにん)
いざという時には、遠方に住んでいる親戚より近所に住んでいる他人の方が頼りになるということ。
得を取るより名を取れ(とくをとるよりなをとれ)
利益を得ることより、名誉を大切にせよということ。
供養より施行(くようよりせぎょう)
死んだ人の供養より、生きている人に施しをするほうが大切だということ。
生みの親より育ての親(うみのおやよりそだてのおや)
生んでくれた親より、育ててくれた親に愛情も恩義も感じるということ。
死に別れより生き別れ(しにわかれよりいきわかれ)
死に別れもつらいが、生き別れのほうがもっとつらいということ。
四百四病より貧の苦しみ(しひゃくしびょうよりひんのくるしみ)
人間のかかるあらゆる病気より貧乏のほうがつらいということ。
頭剃るより心を剃れ(あたまそるよりこころをそれ)
外見より精神が大事だということ。 頭を剃って姿だけ僧になるより、まず心を清めよということ。
我より古を作す(われよりいにしえをなす)
先例や古いしきたりにとらわれず、自分が独自の新しいことを始めるということ。
錦着ての奉公より襤褸着ての我が世(にしききてのほうこうよりつづれきてのわがよ)
高価な着物を着られても、奉公人として人に頭を下げるより、たとえぼろ着でも自由な暮らしをしたいということ。
猫を追うより皿を引け(ねこをおうよりさらをひけ)
その場のがれより、根本を正すことが大事だというたとえ。皿をねらっている猫を追い払うより、皿を片付けるほうがいいということから。 「猫を追うより魚をのけよ」「猫を追うより鰹節を隠せ」ともいう。
腹立てるより義理立てよ(はらたてるよりぎりたてよ)
腹の立つことがあっても、我慢して義理を大切にしたほうが自分のためになるということ。
論より証拠(ろんよりしょうこ)
議論するより証拠を示すほうが物事は明らかになるということ。
明日の百より今日の五十(あすのひゃくよりきょうのごじゅう)
不確かな期待よりも、たとえ量が少なくても、今日確実に手にできるもののほうがよいということ。
仇も情けも我が身より出る(あだもなさけもわがみよりでる)
人から憎まれたり愛されたりするのは、自分の心がけや行いによるということ。
火を見るより明らか(ひをみるよりあきらか)
先の見当がすっかりついていて、外れる目がひとつも見えない。口を添えずとも、誰にでも行く先が読める事柄をさす。
病は口より入り、禍は口より出ず(やまいはくちよりいり、わざわいはくちよりいず)
病気は飲食物と共に体の中に入り込み、禍は口から出る言葉によって引き起こされる。口は慎まなければいけないという戒めのことば。
人の事より我が事(ひとのことよりわがこと)
人の世話を焼くより、まず自分の事をしっかりせよということ。
人の子の死んだより我が子の転けた(ひとのこのしんだよりわがこのこけた)
他人の子どもが死んだことよりも、自分の子が転んだことのほうが重要だということ。我が子の大事さのたとえ。また、自分の利益が一番大事ということのたとえ。
人の七難より我が十難(ひとのしちなんよりわがじゅうなん)
人の欠点は少しのことでも気がつくが、自分の欠点はなかなか気がつかないということ。 「難」は欠点のこと。 「人の七難より我が八難」「人の七難は見ゆれど我が十難は見えず」ともいう。
人の十難より我が一難(ひとのじゅうなんよりわがいちなん)
人の身に起こった多くの災難より、自分の身に起きた小さな災難のほうが大ごとだということ。
人は見目よりただ心(ひとはみめよりただこころ)
人は外見の美しさよりも、心の美しいことのほうが大切だということ。 「見目」は見た様子、顔立ちのこと。 単に「見目より心」ともいう。
命は鴻毛より軽し(いのちはこうもうよりかろし)
守るべき筋の重さの前には、一身の生き死になど後回しになる。 同じ死でも、その場面によって値打ちがまるで違うとする。
祈るより稼げ(いのるよりかせげ)
困難に直面した時は、神仏に祈るより、自力で働いて解決しろということ。
案じてたもるより銭たもれ(あんじてたもるよりぜにたもれ)
心配して下さるより銭を下さいということ。口だけで心配してくれても、実質が伴わなければ役に立たない。心配するより銭をくれ、ということをおもしろい語呂合わせで言った言葉。「たもる」は「賜わる」が転じた言葉。
案じるより団子汁(あんじるよりだんごじる)
あれこれ心配しても仕方ないから、団子汁でも食べて気を紛らわしたほうがよいという助言。 「案じる」は「餡汁」の語呂合わせ。 団子汁は餡汁に団子を入れたもの。ただの餡汁よりいいというしゃれでもある。
案ずるより産むが易し(あんずるよりうむがやすし)
あれこれ心配するより、物事は実際にやってみると意外とたやすく出来るということのたとえ。出産の前はいろいろ心配するものだが、終わってみると心配したほどではなかったということから。
隗より始めよ(かいよりはじめよ)
大きな事業を行う時には、まず手近なところから始めよということ。また事を始めるときには、まず言い出した者から実行すべきであるということ。 中国の戦国時代、燕の昭王から賢者の集め方を問われた郭隗が「まず凡人の私を優遇してみて下さい。そうすれば私よりすぐれた人物が自然と集まってくるでしょう」と答えたという故事から。 「先ず隗より始めよ」ともいう。
高きに登るには低きよりす(たかきにのぼるにはひくきよりす)
いきなり上の段へ足を掛けようとしない。 いま立っているところの次を踏むほかに、上がる道は無い。
言うた損より言わぬ損が少ない(いうたそんよりいわぬそんがすくない)
しゃべり過ぎに注意せよという戒めの言葉。 言い過ぎや言い間違いから受ける損より、黙っていたために受ける損のほうが少ないとの意から。
家柄より芋茎(いえがらよりいもがら)
良い家柄より、食べられる芋がらの方が値打ちがあるということ。「家柄」と「芋茎」の語呂合わせで、落ちぶれた名家をあざける言葉。
生んだ子より抱いた子(うんだこよりだいたこ)
生んだだけで育てていない実の子より、小さい時から育てた他人の子のほうがかわいいということ。
内孫より外孫(うちまごよりそとまご)
同じ孫でも、家に同居している内孫より、嫁いだ娘の産んだ外孫のほうがいとおしく感じられるということ。 内孫は跡取りとして日々しつけの目を向けられるのに対し、外孫はたまに訪れるだけの客として迎えられる。その隔たりがかわいさの差になるという。
呼ぶより謗れ(よぶよりそしれ)
人の悪口を言っていると、不思議と当人が現れるということから、呼びに行くより悪口を言ったほうが早いということ。
食うた餅より心持ち(くうたもちよりこころもち)
ごちそうしてもらったり、贈り物をもらったりするのもうれしいが、それをしてくれた相手の心持ちがもっとうれしいということ。「餅」と「持ち」をかけたしゃれ。
意地張るより頬張れ(いじはるよりほおばれ)
意地を張って食べずにいるより、卑しく思われても食べるほうがいいということ。
後光より台座が高くつく(ごこうよりだいざがたかくつく)
ものごとは、目立たない基礎の部分に案外お金がかかるということ。 仏像は人目につく光背より、目立たない台座のほうが費用がかかるとの意から。
田舎の学問より京の昼寝(いなかのがくもんよりきょうのひるね)
田舎で勉強するより、たとえ昼寝をしながらのんびり過ごしたとしても、都会に身を置いたほうがさまざまな人や物に接するため、多くのことを学ぶということ。
大遣いより小遣い(おおづかいよりこづかい)
大きくまとまった一度の出費よりも、日常のこまごました出費のほうが、かえって大きい金額になりやすいというたとえ。
大摑みより小摑み(おおづかみよりこづかみ)
ひとつかみで大きく取ろうとせず、小さく確かに取り続けるほうがよいということ。 一度に多くを望めば手からこぼれるが、少量ずつなら取りこぼしがない。商いや蓄えの心得としていう。
大取りより小取り(おおどりよりこどり)
一度に大儲けしようとするより、少しずつ確実に儲けていくほうが堅実だということ。
遅くとも、しないよりはまし(おそくとも、しないよりはまし)
手遅れに思えても、そこで投げ出さずに取りかかったほうがまだ得るものがあるということ。 出遅れた自分を励ますときにも、しりごみする相手の背を押すときにも使う。
思し召しより米の飯(おぼしめしよりこめのめし)
思いやりのある言葉よりも実際に役に立つものをもらうほうが有り難いということ。 口先だけの好意より、腹の足しになる米の飯をもらうほうが有り難いとの意から。 「召し」と「飯」の語呂合わせの言葉。
隠すより現る(かくすよりあらわる)
伏せておこうと手を打つほど、その手つきのほうが目に留まってしまう。 伏せた事実そのものより、伏せたという事実のほうが先に広まる。
隠れたるより現るるはなし(かくれたるよりあらわるるはなし)
伏せておきたい事柄ほど、こちらの様子に出てしまう。 そもそも人目から逃がさねばならぬような振る舞いをしないことだ。
苛政は虎よりも猛し(かせいはとらよりもたけし)
悪政が人民に与える害は、虎よりも恐ろしいということ。 「苛政」は、人民を苦しめる過酷な政治のこと。 中国の泰山の麓で、家族を虎に食われ泣いていた婦人に孔子が「何故この国を出て行かないのか」と尋ねると「苛政がないからだ」と答えたという故事から。
敵の前より借金の前(かたきのまえよりしゃっきんのまえ)
敵の前では平然とできても、借金をしている相手の前では頭が上がらないということ。
借り着より洗い着(かりぎよりあらいぎ)
人に頼ってぜいたくな暮らしをするより、自分の力で分相応な生活をするほうがよいということ。 人に借りた晴れ着より、洗いざらしでも自分の着物のほうがよいとの意から。
海中より盃中に溺死する者多し(かいちゅうよりはいちゅうにできしするものおおし)
海で溺れて死ぬ人より酒の飲みすぎで死ぬ人の方が多いということ。
義理張るより頬張れ(ぎりばるよりほおばれ)
義理を欠くまいと無理な付き合いをするより、自分の利益や暮らしを優先せよということ。
器量より気前(きりょうよりきまえ)
器量がいいことより、気立てのいいことのほうが大事だということ。
愚者の百行より知者の居眠り(ぐしゃのひゃっこうよりちしゃのいねむり)
愚か者の数々の行いは、優れた人の居眠りにも及ばないということ。転じて、つまらないものが数多くあるより、よいものが少しあるほうがいいというたとえ。
薬より養生(くすりよりようじょう)
病気になって薬に頼るより、普段から養生して健康を保つことが大事だということ。
句を作るより田を作れ(くをつくるよりたをつくれ)
現実の生活に役に立たない風流なことより、実益となることをせよというたとえ。腹の足しにもならない句を作るより、実益のある田を作れということから。
詩を作るより田を作れ(しをつくるよりたをつくれ)
暮らしの足しにならない風雅ごとに時を割くより、その手を実入りのある働きへ回せ。 日々の糧を先に確かめよ、と勧める。
氷は水より出でて水よりも寒し(こおりはみずよりいでてみずよりもさむし)
弟子が師よりも優れたものになることのたとえ。 水からできた氷が、水よりも冷たくなるとの意から。
米の飯より思し召し(こめのめしよりおぼしめし)
腹を満たす馳走を出されるより、そうしてやりたいと思ってくれた心のほうが身にしみる、ということ。 「飯」と「召し」に同じ音を置いて調子をそろえた言い方で、逆さにした「思し召しより米の飯」とは対をなす。
財布の紐は首に掛けるより心に掛けよ(さいふのひもはくびにかけるよりこころにかけよ)
財布の紐を首に掛けて金を盗まれないようにするより無駄遣いしないように心がけるほうが大事だということ。
匙の先より口の先(さじのさきよりくちのさき)
薬の調合の匙加減より、患者の機嫌取りばかり上手なやぶ医者を皮肉っていう言葉。
座禅組むより肥やし汲め(ざぜんくむよりこやしくめ)
座禅を組んで修行する暇があるなら、肥やしを汲んで農作業に精を出せということ。時間や労力を実業以外のことに使うことを戒める言葉。
三度の火事より一度の後家(さんどのかじよりいちどのごけ)
三度火事に遭うより、一度だけでも夫に先立たれるほうが精神的打撃が大きくて立ち直りにくいというたとえ。
事実は小説よりも奇なり(じじつはしょうせつよりもきなり)
世の中で実際に起こる出来事は、こしらえものである小説よりも、かえって思いがけない筋をたどるということ。 長編の物語詩にうたわれた句で、もとは「語ることができるならば」という条件が添えられていた。
死しての千年より生きての一日(ししてのせんねんよりいきてのいちにち)
死んでからの千年より、この世での一日のほうが大事だということ。
死は或は泰山より重く、或は鴻毛より軽し(しはあるいはたいざんよりおもく、あるいはこうもうよりかろし)
人の死には、山のように重いものと、羽毛のように軽いものとがある。何のために命を投げ出すのかによって、その重みは大きく隔たるということ。 「泰山」は中国山東省にそびえる名山、「鴻毛」はおおとりの羽毛。重さの両極を持ち出して言い分けたものである。
知らぬ仏より馴染みの鬼(しらぬほとけよりなじみのおに)
見ず知らずの善人より、癖は承知のうえで付き合ってきた相手のほうが当てになる。 人柄の良し悪しより、勝手の知れていることが物を言う場合をいう。
心中より饅頭(しんじゅうよりまんじゅう)
見栄や義理立てに苦しむより、目先の実を取るほうが賢いということ。 情に殉じて命を捨てるくらいなら、饅頭で腹をふくらませたほうがましだ、というわけである。 「心中(しんじゅう)」と「饅頭(まんじゅう)」の「じゅう」を重ねて調子をつけた言い方。
真の闇より無闇が怖い(しんのやみよりむやみがこわい)
真っ暗な闇はもちろん怖いが、それよりも無闇やたらに何をしでかすかわからない人間の方がもっと怖いということ。
狭き門より入れ(せまきもんよりいれ)
楽な道を選ぶより、困難な道を選ぶほうが人間を高めるという教え。「狭き門」は、キリスト教の教えで、天国に至る道が困難であることをたとえた語。神の救いを得るためには、努力が必要であり、楽な道を選んではいけないということから。
栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし)
大成する人は幼少期から優れているというたとえ。 「栴檀」は、香木の名。白檀の異称。 白檀は発芽の頃から芳香を放つことから。
千の蔵より子は宝(せんのくらよりこはたから)
財をどれだけ積んでも、子ども一人の値打ちには届かない。あとに残って効いてくるのは、蓄えたものより育てた者のほうだ。
外孫飼うより犬の子飼え(そとまごかうよりいぬのこかえ)
他家へ嫁いだ娘が生んだ子は、いくらかわいがっても、将来の頼りにはならない。そんな孫をかわいがるより、犬の子をかわいがるほうがましだということ。
大事は小事より起こる(だいじはしょうじよりおこる)
どのような大事も、取るに足りない小さなことが原因となって引き起こされるということ。小さな油断にも気をつけよという戒めの言葉。
鯛の尾より鰯の頭(たいのおよりいわしのかしら)
立派な集まりの末席に連なるより、小さな集まりでもかしらとして立つほうがよいということ。 鯛は高値でも尾は切れ端、鰯は安くとも頭は先頭という、二つの魚の取り合わせでいったもの。
只より高い物はない(ただよりたかいものはない)
ただで物をもらうと、代わりに物事を頼まれたり、返礼にお金がかかったりして、かえって高いものにつくということ。
只より安い物はない(ただよりやすいものはない)
ただで物を貰うことより安く上がることはないということ。
立つより返事(たつよりへんじ)
人に呼ばれた時には、立つより先にまず返事をせよということ。
民の口を防ぐは水を防ぐよりも甚だし(たみのくちをふせぐはみずをふせぐよりもはなはだし)
人々の言論の自由を封じることは、川の水をせき止めることよりも困難で危険であるということ。人民の言論の自由を奪うことの危険性をいった言葉。
団子隠そうより跡隠せ(だんごかくそうよりあとかくせ)
事を隠そうとする時、思わぬところから露見するかもしれないから、念には念をいれて注意せよということ。こっそり団子を食べたとき、残りの団子だけ隠しても、串を片付けなければばれてしまうので跡が残らないようにせよということ。
血は水よりも濃い(ちはみずよりもこい)
血縁のある間柄は、他人よりも繋がりが強いことのたとえ。
長者の万灯より貧者の一灯(ちょうじゃのまんとうよりひんじゃのいっとう)
数をそろえて差し出したものより、乏しい中から割いた一つのほうが重い。 出した者にとっての痛みの分だけ、受け取る側に届く。 釈迦を迎えた阿闍世王が帰り道に灯火を並べさせたなか、居合わせた貧しい老婆がやりくりして灯した一本だけが、朝まで消えずに残っていたという。 「貧者の一灯」ともいう。
綱渡りより世渡り(つなわたりよりよわたり)
綱渡りは大変危険な芸だが、その綱渡りより世渡りのほうが、もっと大変で難しいということ。
手功より目功(てこうよりめこう)
手先の熟練より、物を見る目を養うことが大事だということ。
出遣いより小遣い(でづかいよりこづかい)
大きな買い物で多額に出費するよりも、日常のこまごました出費のほうが、積もり積もって大きい金額になるというたとえ。
年問わんより世を問え(としとわんよりよをとえ)
年をとっているか若いかを問題にするよりも、その人の人生経験の内容を問題にせよということ。
朋あり遠方より来る(ともありえんぽうよりきたる)
同じ道を志す相手が、長い道のりを越えて顔を見せる。 これに勝る心の弾みはないと孔子が数えた、生きる楽しみの一つ。
取るより庇え(とるよりかばえ)
より多くの利益を求めずに、今あるものを失わないように守れということ。
某より金貸し(なにがしよりかねかし)
由緒ある家名を名乗って懐の寂しい暮らしより、金を貸す商いと見下されても蔵の詰まったほうを選ぶ。 なにがし・かねかしと、尻を揃えた言い方でからかっている。
習うより慣れよ(ならうよりなれよ)
物事は人に教えられるよりも実際に経験を積んだほうが身につくということ。
名を取るより得を取れ(なをとるよりとくをとれ)
名誉や名声を得るより、実際の利益を得るほうがよいということ。
箸より重い物を持たない(はしよりおもいものをもたない)
腕に力の要る用を、一度も言いつけられずに大きくなった身の上。 人手に囲まれて過ごした育ちを、半ば呆れながら言う。
人の蠅を追うより己の蠅を追え(ひとのはえをおうよりおのれのはえをおえ)
よその欠点に伸ばしたその手で、まず自分の欠点をひとつ直せばよい。 人を直す資格は、そのあとについてくる。 単に「己の頭の蠅を追え」とも、「我が頭の蠅を追え」ともいう。
人の物より自分の物(ひとのものよりじぶんのもの)
どんなに良くても他人の物よりは、多少劣っていても自分の物のほうがよいということ。
一人の文殊より三人のたくらだ(ひとりのもんじゅよりさんにんのたくらだ)
優れた人物が一人で考えるより、愚か者でも何人かで考えたほうが良い考えが浮かぶことのたとえ。 「文殊」は知恵をつかさどる菩薩のこと。 「たくらだ」はじゃこう鹿に似た獣。じゃこう鹿を狩る時に、猟師が飛び出してきたたくらだを誤って狩ったことから、自分に無関係なことで死んだり傷ついたりする者のこと。転じて、愚か者・まぬけのことをいう。
人を怨むより身を怨め(ひとをうらむよりみをうらめ)
うまくいかなかった元を相手のせいにしても、得るものはない。 矛先はまず自分へ向け、足りなかった所から洗い出すのが順序だとする。
百丈の木に登って一丈の枝より落つる(ひゃくじょうのきにのぼっていちじょうのえだよりおつる)
気が緩んだ時に、危険が潜んでいるから気をつけよという戒めの言葉。高い木に登った時は用心しているので落ちることはないが、低い所まで降りると油断して落ちるということから。
山より大きな猪は出ぬ(やまよりおおきないのししはでぬ)
入れ物よりも大きな中身などあり得ないというたとえ。また、大げさな言い方もほどほどにしろということ。 いくら大きな猪でも、山より大きい猪はいないとの意から。
病む身より見る目(やむみよりみるめ)
病気をしている本人よりも、病人の苦痛を見ながら看病や世話をしている人のほうがつらいということ。 「病む目より見る目」ともいう。
ペンは剣よりも強し(ぺんはけんよりもつよし)
文章などによる言論の力は、武力よりも強大な力を持っているということ。 十七世紀フランスの宰相を主人公にした戯曲で、剣を抜こうとする者を押しとどめる場面の科白から。
仏の光より金の光(ほとけのひかりよりかねのひかり)
人の心は、仏のありがたさよりも金の力にひかれやすいというたとえ。
与えるは受けるより幸いなり(あたえるはうけるよりさいわいなり)
人に対して恩恵を与えることが出来る立場や境遇にあることは、恩恵を受ける立場よりも幸福であるということ。
鞘走りより口走り(さやばしりよりくちばしり)
失言は鞘走りよりも危険であるということ。 「鞘走り」は刀の鞘が緩いために刀が抜け出ること。
三度の飯より好き(さんどのめしよりすき)
他の何よりも好きであること。 一日三回の食事がどうでもいいと思うほどに好むということから。
信は荘厳より起こる(しんはしょうごんよりおこる)
信仰にも見た目や形式が大切であるということ。 または、形式から内容は導き出されるということ。 寺院や神社の美しく飾られた見た目に感動して信仰心は生まれるということから。
死んでの長者より生きての貧乏(しんでのちょうじゃよりいきてのびんぼう)
死後に金持ちになるより、貧乏でも生きているほうがよいということ。
末四十より今の三十(すえしじゅうよりいまのさんじゅう)
将来多く得ることができるよりも、たとえ少なくても今すぐ確実に得たほうがよいということ。 「四十」を「始終」に掛けた言葉。
