「一」の意味

「一」(いち)の意味・読み方を解説します。
一
いち
| 言葉 | 一 |
|---|---|
| 読み方 | いち |
| 意味・例文 |
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「一」で使われている漢字
「一(いち)」の他の読み方
「一(いち)」を含む四字熟語
挙一明三(こいちみょうさん)
一つのことを示されただけで、ほかの多くのことまで見通してしまう、するどい理解力のこと。 「挙一」は一つを取り上げて示すこと。 「明三」は残りの三つを明らかにすること。 仏教の言葉で、四角の一隅を挙げれば、残りの三隅を悟るということから。 『碧巌録』では、山のむこうの煙を見て火があると知り、垣根ごしに角を見て牛がいると知るのと同じで、禅の修行者にとってはふだんの食事のように当たり前の力だと述べている。 「一を挙(あ)げて三を明らかにす」とも読む。
維摩一黙(ゆいまいちもく)
多くのことを喋るより沈黙がまさっているということ。 「維摩」は釈迦の弟子の一人で、仏教の教理について、釈迦の弟子たちが議論していた時に、文殊菩薩は文字や言葉では言い表せないといい、その後に意見を求められた維摩は、何も語ろうとせずに教えを態度で示したという故事から。
妙法一乗(みょうほういちじょう)
法華経だけが悟りを得られる唯一のものと説いたもの。 「妙法」は仏法の妙法蓮華経、「一乗」は悟りを得るための唯一の道という意味。
忍之一字(にんのいちじ)
何かをやり遂げるために、最も大切なことは耐え忍ぶことであるということ。
一衣帯水(いちいたいすい)
海や川が間にあって遮られているが、非常に距離が近いこと。 または、互いの関係が非常に深いこと。 陳の君主の悪政によって庶民が飢えと寒さで窮地に陥ったときに、隣国の隋の文帝が「たった一本の帯のような川(揚子江)に隔てられているからといって、民を見捨てることができるか」といって、陳の国を討伐したという故事から。
一字千金(いちじせんきん)
筆跡や詩文がすぐれていることのたとえ。 「一字」は文字の一つ、「千金」は多額の金銭のたとえで、一つ一つの文字に大金のような価値があるという意味から。 『呂氏春秋』を完成させたときに、都の門の前に並べて、一文字でも添削できれば千金を与えようと言って、出来映えを誇ったという故事から。
一汁一菜(いちじゅういっさい)
質素な食事のこと。 「一汁」は一杯の汁物のこと。 「一菜」は一品のおかずのこと。 汁物一杯、おかず一品の食事のことから。 現代では、日本の伝統を基にした健康的な食事という良い意味で使われることもある。
一罰百戒(いちばつひゃっかい)
罪を犯した一人に罰を与えて、他の人が同じ罪を犯さないように注意を発すること。 「一罰」は一人に罰を与えること。 「百戒」は百人の戒めにすること。 一つの罰を百の戒めにするという意味。
一病息災(いちびょうそくさい)
一つくらい持病があったほうが、健康な人よりも体を気遣うようになり長生きできるということ。 「一病」は持病が一つあること。 「息災」は元は仏教語で、病気や災害などの災いを仏の力で止めるという意味から、災いもなく元気であること。
一木一草(いちぼくいっそう)
一本の木から一本の草まで全てという意味から、その場にあるすべてのもののこと。 または、わずか一本の木と一本の草という意味から、極めて少ないもののこと。 「一木」は一本の木のこと。 「一草」は一本の草のこと。 「一草一木」ともいう。
一網打尽(いちもうだじん)
悪人や犯罪者などの集団を一気に全て捕まえること。 「一網」は一度網を打つこと。 「打尽」は全て捕ること。 網を一度打ち、そこにいる魚を全て取り尽くすという意味から。
一陽来復(いちようらいふく)
悪い傾向にあった物事がよい傾向に向かうこと。 または、冬が終わって春が来ること。または、冬至のこと。 「一陽」は冬から春になる兆しのこと。 「来復」は再びやってくること。 もとは易経の言葉で、陰と陽の二つを組合せたものからなる六十四卦で、陰暦十月は陰だけで構成され、冬至から陽が一つ含まれるようになるということから。陽が復する(戻ってくる)のは冬至からであることから。
一蓮托生(いちれんたくしょう)
極楽浄土に往生して同じ蓮の花の上に生まれ変わるという意味の仏教語。 転じて、何があろうとも行動や運命を共にすること。 「一蓮託生」とも書く。
一喜一憂(いっきいちゆう)
物事の状況が変化するたびに喜んだり心配したりすること。 または、周りの状況に振り回されること。 「喜」はよろこぶこと。 「憂」は心配すること。
滄海一粟(そうかいのいちぞく)
非常に大きな物の中にある、極めて小さいもののたとえ。 特に宇宙と比べ人間は小さくて儚いものだということのたとえ。 「滄海」は大海、「一粟」は一粒の粟のこと。 大海に浮かぶ一粒の粟という意味。
一飲一啄(いちいんいったく)
自然とともに、自由に生きることのたとえ。 または、人が分を弁えて、多くを求めないことのたとえ。 「一」はわずか、すこしの意。 「啄」は鳥がくちばしでついばむこと。
一韻到底(いちいんとうてい)
漢詩における古詩の技巧で、初めから終わりまで一つの韻で通すこと。 「韻」は詩のリズムや響きを美しくするために同じ響きの漢字をおくこと。 「到底」は最初から最後までの意。
一栄一辱(いちえいいちじょく)
人の世は、良いときもあれば悪いときもあるということ。 「栄」は栄えること。 「辱」ははずかしめを受けること。
一牛鳴地(いちぎゅうめいち)
非常に近い距離にあること。 または、のどかな田舎、田園風景のこと。 「牛鳴」とは牛の鳴く声のことで、牛の鳴き声が聞こえるほど近い距離という意から。 「一牛鳴」とも略す言葉。
一伍一什(いちごいちじゅう)
事の最初から最後まで、もれなく、すべての意。 「一五一十」とも書く。
一字不説(いちじふせつ)
仏法の真理や悟りの境地は大変奥深く、言葉で言い表すことはできないため、自ら体得するしかないということ。 釈迦が悟り得た境地の真理は一字も説いていないことから。 「不説一字」ともいう。
一字褒貶(いちじほうへん)
文章を書く際の一字の使い分けで、人を褒めたりけなしたりすること。 「褒」は褒めること。 「貶」はけなすこと。 歴史書"春秋"の表現様式のことをいう。
一入再入(いちじゅうさいじゅう)
布を何度も染め重ねること。 深く、濃い色合いということから、恩が深いことのたとえ。 「入」は布を染料につけること。
一塵法界(いちじんほっかい)
一つのちりの中にも、全宇宙の真理が含まれているということ。 または、真理はどんなものからでも見出すことができるということ。 「塵」は微塵(みじん)のことで、非常に小さな物質のこと。 「法界」は仏教語で全宇宙のこと。
一暴十寒(いちばくじっかん)
努力というものは、続けられずに怠ってしまいがちであるということ。また、短期間努力してもその後に長期間怠れば努力が無駄になってしまうということ。 「暴」は日にさらすこと。 「寒」は冷やすこと。 日にさらして暖めようとして、一日は暖めたがその後の十日間は日陰においたままにして冷やしてしまうという意味。 「十寒一暴」ともいう。
一毛不抜(いちもうふばつ)
極めてけちなこと。 または、利己的な人、けちな人。 「一毛」は一本の毛のこと。 自分のものは一本の毛すら惜しんで抜かないということから。 「一毛も抜かず」とも読む。
一問一答(いちもんいっとう)
一つの質問、設問に対して一つの解答をすること。また、その形式のこと。
一遊一予(いちゆういちよ)
遊び楽しむこと。 「一」は"あるときは"の意味。 「遊」と「予」はともに遊び楽しむという意味。 王が楽しみを兼ねて民の生活を視察していたということから。
一竜一猪(いちりょういっちょ)
努力して学ぶ人と、怠けて学ばない人との間には大きな賢愚の差ができるということ。 「竜」は賢く、成功した者のたとえ。 「猪」は豚のことで、無知で愚かな人のたとえ。 一方は竜になり、一方は豚になるということから。
一了百了(いちりょうひゃくりょう)
一つが解決すれば、すべてのことが解決すること。 または、根本の一つから、全体を推測できること。 「一」と「百」は初めと終わりの意味。 「了」は終わること。
一労永逸(いちろうえいいつ)
一度苦労すれば、その後は長く利益が得られ、安定した暮らしが送れること。 「一労」は一度の苦労。または、少しの苦労。 「永」は長くの意味。 「逸」は安楽、利益のこと。 「一(ひと)たび労して永(なが)く逸(やす)んず」とも読む。
一六勝負(いちろくしょうぶ)
ばくちのこと。また、運任せの思い切った行動のこと。 「一六」はさいころの目のこと。 さいころを振って、一の目が出るか、六の目が出るかを賭けて勝負するということから。
一丘一壑(いっきゅういちがく)
俗世から離れ、自然の中に身をおき、風流をたのしむこと。 「一」は、”あるときは”という意味。 「丘」はおかのこと。 「壑」は谷のこと。
一虚一盈(いっきょいちえい)
一定の形を保つことなく、常に変わり続けるために予測しがたいことのたとえ。 「一」は"あるときは"の意味。 「虚」はむなしいという意味。 「盈」は満ちるという意味。
一虚一実(いっきょいちじつ)
さまざまに変化して、予測が難しいことのたとえ。 「一」は"あるときは"の意味。 「虚」はむなしいこと、消えること。 「実」は満ちること、現れること。
一薫一蕕(いっくんいちゆう)
悪が善を駆逐すること。 善は消えやすく、悪を取り除くのは難しくはびこりやすいことのたとえ。 「薫」は香りのよい草のこと。 「蕕」は臭い草のこと。 二つを同じところにおけば、よい香りが消されてしまうことから。
一闔一闢(いっこういちびゃく)
陰の気と陽の気が衰えたり盛んになったりする様子。 「一」は"あるときは"の意味。 「闔」は閉じること。 「闢」は開くこと。
一觴一詠(いっしょういちえい)
酒を飲みながら詩をよむ、風流な楽しみのこと。 「詠」は詩をよむこと。 「觴」は杯のこと。 一杯の酒を飲みながら、一つの詩をよむことから。 「一詠一觴」ともいう。
曇華一現(どんげいちげん)
稀にしかない、珍しい機会のたとえ。 「曇華」は優曇華という花のことで、三千年に一度、仏が現れるときに咲くとされている。 「曇華一たび現ずるがごとし」を略した言葉。
万物一馬(ばんぶついちば)
この世のすべてのものは、もとをたどれば一つで、隔てはないということ。 天地も一本の指、万物も一頭の馬と変わらない、という意味から。 当時は、ことばの上で物と物の違いを細かく論じ合う議論がさかんだった。 荘子はそれに対し、是非や区別は人があとから設けたものにすぎず、道の立場から眺めればどれも同じだと説いた。
天一地二(てんいちちに)
天の数と地の数のこと。易経の言葉。 この世の全ての変化は「一」と「二」に含まれるとされている。 易経で「一」は奇数の代表であり陽を表す。「二」は偶数の代表であり陰を表す。
一銭一厘(いっせんいちりん)
ほんの少しの金銭のこと。 または、非常に少ないこと。 「銭」と「厘」はどちらも昔の金銭の単位で、「銭」は一円の百分の一の単位、「厘」は一円の千分の一の単位。
一治一乱(いっちいちらん)
世の中が治まったり乱れたりと繰り返し変化する様子。 「一」は「あるときは~、あるときは~」という意味で、「一治一乱」の場合、あるときは平和に治まったり、あるときは戦乱によって乱れるという意味になる。
九牛一毛(きゅうぎゅうのいちもう)
たくさんある中のほんの少しの部分。 または、どうでもいい、些細なこと。 「九」は数が多いことのたとえ。 多くの牛がいる中の一頭の牛の毛の一本ということから。
一栄一落(いちえいいちらく)
人が繁栄したり、衰退したりすること。 「一」は"ある時は"という意味。 「栄」は繁栄すること。 「落」は衰退すること。
一雁高空(いちがんこうくう)
群れから離れた一匹の雁が、他よりも高く飛んでいる様子。 他よりも飛びぬけて優れていることのたとえ。
一牛吼地(いちぎゅうこうち)
非常に近い距離にあること。 また、のどかな田舎・田園風景のこと。 「牛吼」とは牛の鳴く声のことで、牛の鳴き声が聞こえるほど近い距離という意から。
一業所感(いちごうしょかん)
複数の人の前世の同じ業によって、複数の人が同じ報いを受けること。 たくさんの人が災害などにあった時に、前世の同じ業による報いを受けているということを説明する言葉。 「業」は必ず結果が出る過去の行い。 「所感」は過去の行いから生まれる結果。
一字三礼(いちじさんらい)
敬い慎んで写経すること。 または、写経をするときは、敬い慎んでやるべきであるという教え。 写経する時は、一文字書き写すたびに仏を三度礼拝していたということから。
一杖一鉢(いちじょういっぱつ)
僧侶の質素な服装を言い表す言葉。 「一杖」は一本の杖。 「一鉢」は托鉢の時に使う鉢のこと。
一塵不染(いちじんふせん)
汚れが少しもないこと。 または、他者から影響を受けて感化されずに、清らかさを保ち続けること。 煩悩を引き起こす「六塵」の一つにすら染まらずに、心身を潔白なまま保つという意味から。 「一塵(いちじん)にも染まらず」とも読む。
一盤散沙(いちばんさんさ)
人々の心がばらばらでまとまりがないこと。 「一盤」は一枚の皿のことで、国のたとえ。 「散沙」は散らばっている砂のことで、人々の心のたとえ。 皿の上に散らばった砂のようにまとまりがないということから。
一木難支(いちぼくなんし)
一度崩れ始めると、一人の力ではどうすることも出来ないということ。 「一木」は一本の建物の柱。 大きな建物が崩れると、一本の柱で支えることは出来ないという意味から。
一落千丈(いちらくせんじょう)
地位や権威、価値などが一気に落ちること。 「丈」は高さの単位。 一度に千丈を落ちるということから。
一力当先(いちりょくとうせん)
自身の力だけで、先頭で敵に当たること。 「一力」は自身の力。 「当先」は真っ先に敵と当たること。
一旅中興(いちりょちゅうこう)
衰退して滅亡しかけた国を立て直して栄えさせること。 「一旅」は五百人の兵士のこと。 「中興」は復興するという意味。 「一旅(いちりょ)にて中興(ちゅうこう)す」とも読む。
一成一旅(いっせいいちりょ)
統治している土地が狭く、国民が少ないこと。 または、衰退した国などが努力によって勝利をおさめ、元の状態を取り戻すこと。 「一成」は十里四方の狭い土地。 「一旅」は五百人の兵士。
挙一反三(きょいちはんさん)
すぐれた能力と理解力があること。 一つのことを聞くと、そこから三つのことを理解できるという意味から。 「一を挙(あ)げて三を反す」とも読む。
同風一俗(どうふういちぞく)
全国のしきたりや、ならわしが同じものになり、統一されること。 「風(ふう)を同じく俗を一(いつ)にす」とも読む。
一技之長(いちぎのちょう)
一つの技術に長けていること。
一領具足(いちりょうぐそく)
鎧ひとそろい。 また、戦国時代の土佐で長宗我部氏に仕えた、半農半武の者たち。 ふだんは田を耕し、戦になると自分の鎧を身につけて駆けつけた。 替え馬も持たず、具足を一領しか持たなかったことからこの名があるという。
一以貫之(いついかんし)
一つの思いを曲げずに貫き通すこと。 「一以て之を貫く」とも読む。
開三顕一(かいさんけんいち)
仏教において悟りに至るための三つの道(三乗)が仮の姿であり、最終的には仏の統一された教えである一乗こそが真実の教えであると示すこと。
一汁三菜(いちじゅうさんさい)
日本料理における基本的な献立形式で、主食の飯に、一杯の汁物と三種類のおかずを組み合わせたもの。 三菜は主菜一品と副菜二品から成るのが一般的で、主菜には魚や肉、副菜には野菜などを用いることが多い。 栄養のバランスがとりやすく、和食の理想的な構成とされる。2013年に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録された際にも、その特徴の一つとして取り上げられた。
「一(いち)」を含む故事・ことわざ・慣用句
滄海の一粟(そうかいのいちぞく)
広大なものの中のきわめて小さいもののたとえ。 また、宇宙における人間の存在のはかなさのたとえ。 「滄海」は青い大海、「一粟」は一粒の粟のこと。 大海に浮かぶ一粒の粟という意味。
一瓜実に二丸顔(いちうりざねににまるがお)
女性の顔立ちで、一番良いのはやや細長く白い瓜実顔、二番目は愛嬌のある丸顔だということ。その後に「三平顔に四長顔、五まで下がった馬面顔」と続く。
一か八か(いちかばちか)
運を天に任せて思い切ってやってみること。
一工面、二働き(いちくめん、にはたらき)
世渡り上手は金の工面をする才覚が第一で、勤勉に働くのはその次だということ。
一に看病、二に薬(いちにかんびょう、ににくすり)
病気を治すためには、まず第一に行き届いた看病が重要で、薬はその次であるということ。
一に褒められ二に憎まれ三に惚れられ四に風邪ひく(いちにほめられにににくまれさんにほれられしにかぜひく)
くしゃみが立て続けに出たとき、その回数で人の噂の中身を読む数え歌。 四度まで続いたらもう噂ではなく体のほうを疑え、という落ちが付く。
一の裏は六(いちのうらはろく)
悪いことの後には必ずいいことがあるというたとえ。さいころの一の裏は六であることから。
一引き、二才、三学問(いちひき、にさい、さんがくもん)
出世の条件は、第一に上のひとの引き立て、二番目は才能、三番目が学問であるということ。
一姫二太郎(いちひめにたろう)
一番最初に女の子が生まれ、次に男の子が生まれるという子供の生まれる順番のこと。その順番が子育てに適しているという意味で用いられる言葉。「うちの子供は女がひとりと男がふたりの一姫二太郎です」と子供の数を表す使い方は誤用。
一富士、二鷹、三茄子(いちふじ、にたか、さんなすび)
初夢に見ると縁起がいいとされるものを順に並べたことば。
一も取らず二も取らず(いちもとらずにもとらず)
二つのものを同時に得ようとすると、結局どちらも手に入らなくなることのたとえ。
一を聞いて十を知る(いちをきいてじゅうをしる)
わずかなことを聞いただけで全体を知得すること。頭の回転が速く理解力があるたとえ。
一を識りて二を知らず(いちをしりてにをしらず)
教わったところで足が止まり、そこから先へ進めない。手持ちを組み替えて別の場面に当てるという働きが欠けている。 出典では「その一を識りてその二を知らず」の形で出る。
起きて半畳、寝て一畳(おきてはんじょう、ねていちじょう)
人間は必要以上の豊かさをもとめても仕方ないということ。どんなに大きな家に住んでいようと、人一人が必要とする広さは、起きている時は半畳、寝る時も一畳あればすむということから。
早いのが一の芸(はやいのがいちのげい)
物事を手早く処理するのも芸のうちということ。また、仕事は手早いことが大切で、技巧は二の次ということ。
逃ぐるが一の手(にぐるがいちのて)
困難に直面したら、とりあえず逃げて身の安全をはかるのが上策だということ。また、面倒なことは避けるのが一番いい方法だということ。
三国一(さんごくいち)
世界一のこと。「三国」は、インド・中国・日本の三つの国のことで、昔はこの三国を全世界としていたことから。
一字の師(いちじのし)
詩文などの適切でない点を訂正してくれた師のこと。中国唐の時代、斉己の「数枝開く」という詩句を「一枝開く」と一字改めた鄭谷を「一字の師」と呼んだという故事から。
九牛の一毛(きゅうぎゅうのいちもう)
多数の中のわずかな一部分のこと。取るに足りないことのたとえ。 「九牛」は、多くの牛のこと。 多くの牛の中の一本の毛のことから。
大廈の倒れんとするは一木の支うる所に非ず(たいかのたおれんとするはいちぼくのささうるところにあらず)
屋台骨ごと傾きはじめた組織は、誰か一人が踏ん張ったところで持ち直さない。 崩れは全体に回っており、そこへ差し出せる手は小さすぎる。 「大廈」は高く構えた建物をいう。 「倒れんとする」は「顚れんとする」とも書く。 「一木大廈の崩るるを支うる能わず」「一木いずくんぞ能く大廈を支えん」ともいう。
忍の一字は衆妙の門(にんのいちじはしゅうみょうのもん)
忍耐を身につければ、どんなことでも出来るというたとえ。「衆妙の門」は、万物の深遠な道理の入り口のこと。
百丈の木に登って一丈の枝より落つる(ひゃくじょうのきにのぼっていちじょうのえだよりおつる)
気が緩んだ時に、危険が潜んでいるから気をつけよという戒めの言葉。高い木に登った時は用心しているので落ちることはないが、低い所まで降りると油断して落ちるということから。
宿取らば一に方角、二に雪隠、三に戸締り、四には火の元(やどとらばいちにほうがく、ににせっちん、さんにとじまり、しにはひのもと)
宿の部屋に落ち着いたら、まず日の向き、次に雪隠すなわち厠、続いて出入り口、最後に火の始末。 泊まる先で目を配る順序を、そのまま四つ数え上げた句。
一から十まで(いちからじゅうまで)
最初から最後まで。何から何まで。すべて。
一にも二にも(いちにもににも)
他の何よりも、そのことに専念すること。何はさておき。
一も二もなく(いちもにもなく)
あれこれ言うまでもなく、すぐさま。
石鼠五能一技を成さず(せきそごのういちぎをなさず)
手が広いばかりで、どの道でも人に抜きん出るところまで行き着かない。「石鼠」はけらの別名で、この虫は空を行くことも土を掘ることも水を渡ることもできるが、五つ数え上げてどれも半端なまま終わっている。
尺蚓堤を穿てば能く一邑を漂わす(せきいんつつみをうがてばよくいちゆうをただよわす)
みみず一匹が通した穴から堤が抜け、向こう側の村がまるごと水に浸かる。取るに足らぬ綻びを捨て置くと、害はひと所では済まず、人の住まいごと押し流すところまで届く。 「尺蚓」はごく短いみみず、「邑」は人里をいう。
人は十歳、木は一丈(ひとはじっさい、きはいちじょう)
十になった子と、一丈まで伸びた木は、この先の育ちがおおよそ読めるということ。 一丈は約三メートル。
一運二腰三拍子(いちうんにこしさんびょうし)
相場で儲けるのに要るものを順に並べた言い方。まず運、次に腰の強さ、最後に拍子。 「腰」は粘り、「拍子」は仕掛けどきの間合いをいう。運を第一に置くところに、思うにまかせない相場の性質が出ている。
一淵には両鮫ならず(いちえんにはりょうこうならず)
一つの群れに、抜きん出た者が二人はいられないということ。 「鮫」は「蛟」とも書き、水にすむ竜の類とされた想像上の獣。同じ淵を二頭が分け合うことはない、という見立て。 「両雄並び立たず」と同じ趣旨。
