「今日」の意味

「今日」(きょう・こんにち)の意味・読み方を解説します。
今日
きょう
/こんにち
| 言葉 | 今日 |
|---|---|
| 読み方 | きょう・こんにち |
| 意味 | 現在経過している日。本日。 |
「今日」で使われている漢字
「今日・今日」を含む故事・ことわざ・慣用句
今日の一針、明日の十針(きょうのひとはり、あすのとはり)
すぐにしなければならないことを先延ばしすると、余計に手間がかかるということのたとえ。 今日なら一針縫えば済むのに、明日に延ばせばほころびが広がり、十針も縫わなければならなくなるとの意から。
明日食う塩辛に今日から水を飲む(あすくうしおからにきょうからみずをのむ)
手回しがいいように見えて、実は無意味なことのたとえ。
明日の百より今日の五十(あすのひゃくよりきょうのごじゅう)
不確かな期待よりも、たとえ量が少なくても、今日確実に手にできるもののほうがよいということ。
昨日の襤褸、今日の錦(きのうのつづれ、きょうのにしき)
一日を隔てただけで、まとう物が粗末な布から上等な織りへ、あるいはその逆へ入れ替わる。 人の身の上は、それほど短い間に様変わりする。
昨日の友は今日の敵(きのうのともはきょうのてき)
人の心は変わりやすく当てにならないということのたとえ。 昨日まで親しくしていた友が今日は敵になってしまうことから。
昨日の淵は今日の瀬(きのうのふちはきょうのせ)
世の中の移り変わりが激しいこと、絶え間なく変化していくことのたとえ。 昨日まで深い淵だった所が、今日は浅い瀬になってしまうことから。
昨日は昨日、今日は今日(きのうはきのう、きょうはきょう)
昨日のあったことが、今日もあるわけではない。日々情勢が変わり、昨日と今日は違うということ。
昨日は今日の昔(きのうはきょうのむかし)
わずか一日前のことでも、今日から見れば昨日は過去であるということ。
昨日は人の身、今日は我が身(きのうはひとのみ、きょうはわがみ)
人の運命は予測しがたく、他人にふりかかった災難が、いつ自分にもふりかかるかわからないということ。
昨日は嫁、今日は姑(きのうはよめ、きょうはしゅうとめ)
時の流れが非常に早く、人の境遇も変わりやすいということのたとえ。
食うことは今日食い、言うことは明日言え(くうことはきょうくい、いうことはあすいえ)
食べ物は早く食べたほうがおいしく味わえるが、ものを言うのはよく考えてからのほうが賢明だということ。
今日できることを明日まで延ばすな(きょうできることをあすまでのばすな)
やればすぐできることを、明日やろうと一日延ばしにしないで思いついたらすぐにやれという戒めの言葉。
今日の襤褸、明日の錦(きょうのつづれ、あすのにしき)
今はぼろを身につけているが、努力を怠らなければ苦労が実って、そのうち美しい衣服を着るほど出世できるだろうということ。「襤褸」はぼろ、「錦」は美しい衣服。
今日の後に今日なし(きょうののちにきょうなし)
今日という日は二度とやってくることはない。だから今日できることは今日やっておけという戒めの言葉。
今日は人の上、明日は我が身の上(きょうはひとのうえ、あすはわがみのうえ)
今日は人の身に起きたことが、明日は自分の身に起きるかもしれない。人の災難を、自分には縁のないものと見てはならないという戒め。 後半だけを取り出して「明日は我が身」ともいう。
昨日の今日(きのうのきょう)
あまり時間が経っていないことのたとえ。 その出来事があってからまだ一日しか経っていない今日との意から。
今日あって明日ない身(きょうあってあすないみ)
人の命のはかないことや、人生の無常なことのたとえ。 また、死期が迫っていることのたとえ。
謂う勿れ、今日学ばずして来日ありと(いうなかれ、こんにちまなばずしてらいじつありと)
明日があるからといって、今日学ぶべきことを後回しにしてはいけない。学びはその時その時で真剣に取り組むべきであるということ。 朱熹が若者に対して学問に励む心構えを説いたもの。 さらにこの後に「謂う勿れ、今年学ばずして来年ありと」と続く。 「謂う」は「言う」とも書く。
昨日の敵は今日の友(きのうのてきはきょうのとも)
争っていた相手と、いつのまにか手を結んでいるという転変をいう。 利害や情勢が動けば、敵と味方の立場は容易に入れ替わる。
今日の情けは明日の仇(きょうのなさけはあすのあだ)
差し向けられた情けが、そのまま先々の敵意に転じる場合がある。 情け一つで結ばれた仲は、事情が動けばあっけなくほどけてしまうという見方。
