「見る・視る・観る」の意味

「見る・視る・観る」(みる)の意味・読み方を解説します。
見る
/視る
/観る
みる
| 言葉 | 見る・視る・観る |
|---|---|
| 読み方 | みる |
| 意味・例文 |
|
「見る・視る・観る」で使われている漢字
「見る・視る」を含む故事・ことわざ・慣用句
聞くと見るとは大違い(きくとみるとはおおちがい)
人から聞いたのと実際に見るのとでは大きな違いがあるということ。
聞くは気の毒、見るは目の毒(きくはきのどく、みるはめのどく)
聞けば聞いたで心を悩ませ、見れば見たで心を悩ませる。聞くもの見るものすべて煩悩の種となり気にかかるということ。
正直者が馬鹿を見る(しょうじきものがばかをみる)
ずる賢く立ち回る者が得をして、正直に規則や秩序を守る者が損をするというたとえ。
足元を見る(あしもとをみる)
相手の困りどころや弱点につけ込み、値をふっかけるなどして不当に利益を得ようとすることのたとえ。 弱点を突かれる側は「足元を見られる」という。
長い目で見る(ながいめでみる)
現状だけで判断せず、気長に将来を見守ること。
火を見るより明らか(ひをみるよりあきらか)
先の見当がすっかりついていて、外れる目がひとつも見えない。口を添えずとも、誰にでも行く先が読める事柄をさす。
見ると聞くとは大違い(みるときくとはおおちがい)
実際に見るのと人から聞いたのとでは大きな違いがあるということ。また、噂と事実が違うことにもいう。
見るは法楽(みるはほうらく)
ものを目にすること自体が、何にも代えがたい楽しみだということ。 また、眺めるだけなら元手も要らないのだから遠慮はいらない、と人に勧めるときにも使う。 「法楽」はもと神仏に捧げる楽の音を指した。転じて、人の心をなぐさめるものをいうようになった。
見るは目の毒(みるはめのどく)
見れば欲しくなるので、見ないほうがよいということ。
目は毫毛を見るも睫を見ず(めはごうもうをみるもまつげをみず)
人の欠点は細かい点までわかるが、自分のことはなかなか気がつかないというたとえ。 「毫毛」は細かい毛。 目は細かい毛さえも見ることができるのに、自分の睫(まつげ)は見ることができないとの意から。
罪なくして配所の月を見る(つみなくしてはいしょのつきをみる)
流刑地のようなわびしい地で、罪人としてではなく、普通の人として月を眺めることができたら、さぞ趣きがあるだろうということ。 「配所」は罪によって流された土地のこと。
釣りする馬鹿に見る阿呆(つりするばかにみるあほう)
魚釣りをする人間も、それを見ている人間も、どちらも無駄な時間を過ごしている、と釣り好きをあざけった言葉。
大目に見る(おおめにみる)
少しくらいの欠点や過失を厳しくとがめず寛大に扱うこと。
おじを見ると荷が重い(おじをみるとにがおもい)
助けてくれそうな人を見たとたん、力が抜けて依頼心をおこし意気地がなくなることのたとえ。自分で荷物を運んでいる時、伯父(叔父)を見たとたんに荷物が重く感じられるということから。
香炉峰の雪は簾をかかげて見る(こうろほうのゆきはすだれをかかげてみる)
女性がとっさに気を利かせ、深い教養をのぞかせることのたとえ。 白居易が左遷された廬山のふもとでの暮らしぶりを詠んだ詩の一句を、訓読した言い方。 『枕草子』では、雪の朝に中宮定子が「香炉峰の雪はいかならん」と声をかけると、清少納言は言葉で答えず御簾を巻き上げてみせ、詩を知っていることを示したという。 「香炉峰」は中国江西省の廬山にある峰の名で、香炉に見立てて呼ぶ。
子を見ること親に如かず(こをみることおやにしかず)
子どもの長所や短所をいちばんよく知っているのは親であり、親に及ぶものはないということ。
十目の見る所、十指の指さす所(じゅうもくのみるところ、じっしのゆびさすところ)
居合わせた者がそろって同じ一点を差したなら、当人がどう言い繕っても覆らない。 人目が幾重にも重なったところでは、言い抜ける隙が無くなる。 「十指の指す所」「十目の視る所、十手の指す所」ともいう。
弟子を見る事師に如かず(でしをみることしにしかず)
弟子の能力や人柄をいちばんよく知っているのは師匠であり、とうてい師匠に及ぶものはないということ。
病む身より見る目(やむみよりみるめ)
病気をしている本人よりも、病人の苦痛を見ながら看病や世話をしている人のほうがつらいということ。 「病む目より見る目」ともいう。
声なきに聴き、形なきに視る(こえなきにきき、かたちなきにみる)
親が口に出さないうちにその心を汲み、姿が見えなくても何を望んでいるかを察して仕えるべきだということ。 子が親に尽くすときの心構えを説いたことば。
穴の開くほど見る(あなのあくほどみる)
何かをじっと見つめるさま。
甘く見る(あまくみる)
たいしたことはないと軽く見て、あなどる。
いい目を見る(いいめをみる)
幸せな状態を経験すること。
血を見る(ちをみる)
喧嘩や暴動などによって死傷者が出ること。
痛い目を見る(いたいめをみる)
つらい体験をすること。ひどい目にあう。 「遭う」は「合う」とも書く。 また「痛い目を見る」ともいう。
色眼鏡で見る(いろめがねでみる)
先入観や偏見をもって物事を判断する。
憂き目を見る(うきめをみる)
つらく苦しい体験をすること。
顔色を見る(かおいろをみる)
相手の表情から、その人の機嫌の善し悪しを察すること。 「顔色を見る」「顔色を読む」ともいう。
馬鹿を見る(ばかをみる)
苦労しても損な立場に立たされたり、つまらない結果になったりすること。
泣きを見る(なきをみる)
つらい場面や経験にあう。つらく苦しい結果になることのたとえ。
機を見るに敏(きをみるにびん)
好機を見極めて、素早い対応をするさま。
贔屓目に見る(ひいきめにみる)
実際よりも好意的に判断すること。
日の目を見る(ひのめをみる)
それまで人々に知られていなかったものが知られるようになること。 または、それまで不遇だった人が認められるようになること。
潮時を見る(しおどきをみる)
物事を行うのによい時期を見計らうこと。
見るに忍びない(みるにしのびない)
あまりにも気の毒で、見ているのがつらい様子。
見るに堪えない(みるにたえない)
状態がひどかったり気の毒だったりして、見ていることができない様子。
見る目がある(みるめがある)
物事を正しく判断したり性質を見抜いたりする能力があること。
面倒を見る(めんどうをみる)
人の世話などをすること。
死を視ること帰するが如し(しをみることきするがごとし)
命が尽きるのを、旅先から住み慣れた家へ戻るのと変わらぬものとして受け止め、少しも取り乱さないさま。
夢を見る(ゆめをみる)
未来に希望を抱き、空想にふけること。
泣く子も目を見る(なくこもめをみる)
無分別な者や一見何も考えていないように見える者であっても、多少は周囲の状況を考慮して振る舞うものであるというたとえ。 泣きわめいている子供でも、時折目を開けて周囲の状況や相手の態度をうかがっているとの意から。
登れない木は仰ぎ見るな(のぼれないきはあおぎみるな)
自分の力や立場に見合わない望みを持つなという戒め。 できもしないことを求めず、身のほどをわきまえよということ。
見る影もない(みるかげもない)
栄えていたころの姿がどこにも見て取れないほど衰えきっていること。「影」は目に映る姿かたちを指す。
見るに見かねる(みるにみかねる)
目にした有様を捨て置けなくなり、つい手を貸したり口を出したりしてしまうこと。
生を視ること死の如し(せいをみることしのごとし)
生きていることと死んでいることを分け隔てせず、授かった命をあるがままに引き受けること。何ごとにも動じることなく、静かに日を送る境地をいう。
山門から喧嘩見る(さんもんからけんかみる)
巻き添えの届かない所に身を置いて、よその争いごとを面白がる。 「山門」は寺の門をいう。
白い目で見る(しろいめでみる)
相手を迎え入れる気のない、険しい目つきをする。 周りから爪弾きにされている側についてもいう。
目八分に見る(めはちぶんにみる)
相手を自分より下と決めてかかった、高ぶった接し方をすること。
