「道・路・途」の意味

「道・路・途」(みち)の意味・読み方を解説します。
道
/路
/途
みち
| 言葉 | 道・路・途 |
|---|---|
| 読み方 | みち |
| 意味・例文 |
|
| 用例 | 「近道」「回り道」 |
「道・路・途」で使われている漢字
| 部首 | 辵部(しんにょう・しんにゅう) |
|---|---|
| 画数 | 12画 |
| 音読み | ドウ / トウ |
| 訓読み | みち / い(う) / みちび(く) |
| 意味 | みち。人が行き来するためのとおりみち。道路 など |
| 部首 | 辵部(しんにょう・しんにゅう) |
|---|---|
| 画数 | 10画 |
| 音読み | ト / ズ |
| 訓読み | みち |
| 意味 | みちすじ。みちのり。みち。道路 |
「道・路」を含む四字熟語
「道・路・途」を含む故事・ことわざ・慣用句
老いたる馬は路を忘れず(おいたるうまはみちをわすれず)
経験を積んだ人は方針を誤らないというたとえ。 老馬はいろいろな道を知っており、迷うことがないということから。 中国、斉の桓公が山中で道に迷った時に、老馬の歩みに従って無事に帰り着いたという故事から。 同じ故事から出た漢語の言い方に「老馬の智」がある。
恋の道には女がさかしい(こいのみちにはおんながさかしい)
色恋の駆け引きにかけては、女は男よりはるかに機転が利くということ。 「さかしい」は利口の意。
一芸は道に通ずる(いちげいはみちにつうずる)
一芸を極めた人は、他のどんな分野においても人にぬきんでることができるということ。
朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(あしたにみちをきかばゆうべにしすともかなり)
朝に人の生きるべき道を悟ることができれば、その夕方に死んだとしてもかまわないということ。
荊棘の道(けいきょくのみち)
苦難や障害の絶えない生涯のたとえ。 「荊棘」はとげをもつ低木の総称で、そうした木々が生い茂る道になぞらえた。
欲と道連れ(よくとみちづれ)
自分の判断で動いたつもりが、選ぶ段になると得なほうへ足が向いている。 損得は、人の振る舞いにいつも付き添っている。 「欲と道連れ」ともいう。
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し(ひとのいっしょうはおもにをおうてとおきみちをゆくがごとし)
人生は長く苦しいものだから、辛抱強く努力を重ねて着実に進んでいかなければならないという教え。徳川家康の遺訓から。
抜き足すれば道付く(ぬきあしすればみちつく)
人に知られないようにすると、かえって目立つことになるということ。 音を立てないように抜き足差し足で歩くと、かえってその跡がついてしまうとの意から。
家を道端に作れば三年成らず(いえをみちばたにつくればさんねんならず)
他人の助言をいちいち聞いていると、何事もやり遂げることが出来ないというたとえ。 道に面した場所に家を建てようとすると、口出しをする人が多くてなかなか出来上がらないとの意から。
道に遺ちたるを拾わず(みちにおちたるをひろわず)
世の中が太平で、人々が満ち足りた暮らしを送っているたとえ。 「遺ちたる」は道端に落ちた物のこと。それを拾い上げる者すらいないほど豊かだという意。 「道に遺を拾わず」ともいう。
道は邇きに在りて遠きに求む(みちはちかきにありてとおきにもとむ)
答えは日々の暮らしのなかにあるのに、人はそれを認めず、もっと大層なものを外へ探しに行く。難しく構えるほど、かえって答えから離れていく。
冥土の道には王なし(めいどのみちにはおうなし)
現世での身分の上下、貧富の差は、死ねばいっさい無くなるということ。また、死は誰にも等しく訪れるということ。「冥土」は「冥途」とも書き、死者の霊魂が行くという世界のこと。
意志のある所には道がある(いしのあるところにはみちがある)
やり遂げる気持ちさえ固ければ、道はおのずと見つかる。
鼬の道切り(いたちのみちきり)
交際や音信が途絶えることのたとえ。 鼬(イタチ)は一度通った道は二度と通らないといわれることから。 「鼬の道を切る」「鼬の道が切れる」「鼬の道」ともいう。
芸は道によって賢し(げいはみちによってかしこし)
同じ事柄でも、それを手がけて生きている者の見立ては桁が違う。 口を出す前に、まずその筋の人に当たれということ。
功成り名遂げて身退くは天の道なり(こうなりなとげてみしりぞくはてんのみちなり)
りっぱな仕事を成し遂げて名声を得たら、その地位にとどまらず退くのが、自然の摂理にかなった身の処し方であるということ。
子供叱るな来た道だもの年寄り笑うな行く道だもの(こどもしかるなきたみちだものとしよりわらうなゆくみちだもの)
子どものいたずらなどは誰しも身に覚えがあるので叱るべきではないし、自分もいずれ年をとるので老人を笑いものにすべきではないということ。
蛇の道は蛇(じゃのみちはへび)
同類のことは同類が一番よくわかるというたとえ。 蛇の通る道は、他の蛇がよく知っているとの意から。
商売は道によって賢し(しょうばいはみちによってかしこし)
商人は、商売に関しては何でもよく知っているということ。専門家は、専門とする分野についてよく知っているというたとえ。
すべての道はローマに通ず(すべてのみちはろーまにつうず)
選ぶ方法がいくつあっても、最後にたどりつくところは一つだということ。また、真理はもとをたどれば一つに帰する。 全盛期のローマ帝国では、属領の隅々から敷かれた街道がことごとく都へ集まっていた。救いを求めて別々の生き方を選んだ三人の姿を、その街道に重ねて言ったもの。
滑り道とお経は早い方がよい(すべりみちとおきょうははやいほうがよい)
滑りやすい道は人より先を歩く方が歩きやすく、退屈なお経は早く終わる方がありがたいということ。 「滑り道と観音経は早い方がよい」ともいう。
是非は道によって賢し(ぜひはみちによってかしこし)
物事のよしあしを判断するのは、その道の専門家に任せるのが確かだということ。
千里の道も一歩から(せんりのみちもいっぽから)
大きな目標・目的を達成するためには、身近なことからこつこつと努力を積み重ねていくことが大切であるということ。 千里の道のりも踏み出した一歩から始まるとの意から。 「千里の行も足下より始まる」ともいう。
善を責むるは朋友の道なり(ぜんをせむるはほうゆうのみちなり)
善い行いをするように勧めるのが、友としての大切な務めだということ。「責むる」は、当然なすべき事を勧めるという意。
田作る道は農に問え(たつくるみちはのうにとえ)
農業のことは農民に聞くのが一番いいように、何事もその専門家に聞くのが一番いい方法だということ。
旅は道連れ、世は情け(たびはみちづれ、よはなさけ)
旅をする時は同行者がいれば心強く、同様に世の中を渡るにはお互い助け合っていくのが大切だということ。
とめてとまらぬ恋の道(とめてとまらぬこいのみち)
人の忠告や理性などで止められないのが恋というものだ、ということ。
任重くして道遠し(にんおもくしてみちとおし)
任務はきわめて重大で、遂行する道程は遠く、容易ではないということ。
日暮れて途遠し(ひくれてみちとおし)
年老いてしまったのに、まだ目的を達するまでには程遠いことのたとえ。また、期限が迫っているのに、仕事が片付かないことのたとえ。
百里来た道は百里帰る(ひゃくりきたみちはひゃくりかえる)
自分のしたことには、必ずそれなりの報いがあるということ。 百里歩いてきた道は、百里歩かなければもとの場所には戻れないとの意から。
茨の道(いばらのみち)
苦難の多い人生のたとえ。 茨の生えている道の意から。
道が開ける(みちがひらける)
問題を解決する方法がみつかること。 また、進むべき方向がわかって、希望が持てるようになること。
道草を食う(みちくさをくう)
目的地にそのまま向かわず、途中で寄り道をしたり他のことに時間を費やしたりすること。 馬が道端の雑草を食べて、歩みが止まってしまうことから。
道を付ける(みちをつける)
あとに続く人のために、先立って糸口をつくること。
脇道に逸れる(わきみちにそれる)
話題などが本筋から外れた方向へ進んで行くこと。
湯の山の道連れ(ゆのやまのみちづれ)
頼りになる者が一人もいないこと。また、心もとない相手でも連れがあるだけましだということ。湯治に山へ入るのは体の弱った者ばかりで、万一のとき当てにできる同行者がいなかったことから。
痩せ馬の道急ぎ(やせうまのみちいそぎ)
やつれた馬こそ、かえって道の先へ先へと足を運ぼうとする。持ち合わせの乏しい者ほど早く名を挙げたくて気が急き、腰を据えて事に当たれない。
知らぬ道も銭が教える(しらぬみちもぜにがおしえる)
持ち合わせを出しさえすれば、心得のない事柄でも人が教えてくれる。 知恵も手間も代価しだいで手に入る。惜しめばそのぶん足踏みする。
苦楽は生涯の道連れ(くらくはしょうがいのみちづれ)
つらいことと楽しいこととは、死ぬまで代わる代わる連れ添ってくるということ。
