「淵・潭」の意味・対義語

「淵・潭」(ふち)の意味・読み方を解説します。対義語もあわせて確認できます。
淵
/潭
ふち
| 言葉 | 淵・潭 |
|---|---|
| 読み方 | ふち |
| 意味・例文 |
|
| 補足 | 「潭」とも書く。浅くて流れの速い瀬に対していう。 |
「淵・潭」の対義語(反対語)
- ふち淵・潭

- せ瀬
※広義での対義語(反対語)も含まれます。
「淵・潭」で使われている漢字
「淵」を含む故事・ことわざ・慣用句
塩にて淵を埋む如し(しおにてふちをうずむごとし)
やっても無駄なことや不可能なことをすること。 塩で深い水たまりを埋めようとするとの意から。
石を抱きて淵に入る(いしをいだきてふちにいる)
自分から進んで災難や危険を招くようなことをするたとえ。自ら石を抱いて、川の深みに入るような無謀なことをするとの意から。
網なくて淵を覗くな(あみなくてふちをのぞくな)
十分な用意なしでは物事はうまくいかないというたとえ。また、努力もしないで人を妬んではいけないということ。網を持たずに淵を覗き込んでも、魚は捕れるわけがないという意味から。
斧を掲げて淵に入る(おのをかかげてふちにいる)
物の用途を誤ること。また、適時適所でないこと。 水中では役に立たない斧を振りかざして淵に入っていくことから。
昨日の淵は今日の瀬(きのうのふちはきょうのせ)
世の中の移り変わりが激しいこと、絶え間なく変化していくことのたとえ。 昨日まで深い淵だった所が、今日は浅い瀬になってしまうことから。
瀬を踏んで淵を知る(せをふんでふちをしる)
前もって試して、どんな危険があるかを察知することのたとえ。まず浅瀬を渡ってみて、深い淵の位置を知るということから。
滴り積もりて淵となる(したたりつもりてふちとなる)
少しのものでも集まれば大きなものになることのたとえ。一滴のわずかな滴も溜まり続ければいつかは深い淵になるという意味から。
積水淵を成す(せきすいふちをなす)
学びも人の徳も、一日で高くなることはない。日ごとの小さな盛り足しが、そのまま丈をつくる。 土を積んで山ができれば風雨が起こり、水が集まって淵になれば竜が棲みつくと説かれ、「積水淵を成す」を対の句とする。
淵は瀬となる(ふちはせとなる)
世のなりゆきも人の身の上も、いつまでも同じ姿ではいない。 昨日まで深くよどんでいた場所が、今日は足の届く早瀬に変わっている。
淵に雨(ふちにあめ)
手を掛けても見た目が変わらず、働いた分がまるごと無になること。 深い淵に雨が落ちても、水かさはたいして増えない。
淵に臨みて魚を羨むは退いて網を結ぶに如かず(ふちにのぞみてうおをうらやむはしりぞいてあみをむすぶにしかず)
他人の得ているものをうらやんで眺めているだけでは何も変わらない。いったん身を引いて、自分の手で得るための支度を整えるほうがよいという教え。 淵をのぞきこんで魚をほしがるより、帰って網を編めというたとえによる。
