「身」の意味・類語・対義語

「身」(み)の意味・読み方を解説します。類語・対義語もあわせて確認できます。
身
み
| 言葉 | 身 |
|---|---|
| 読み方 | み |
| 意味 |
|
「身」の類語(同義語)・言い換え
「身」の別の言い方や言い換え、近い意味を持つ言葉の一覧です。
「身」の対義語(反対語)
「身」で使われている漢字
「身」を含む故事・ことわざ・慣用句
易者、身の上知らず(えきしゃ、みのうえしらず)
人のことはよく見通すのに、自分の先行きは見通せないというたとえ。 「易者」は、筮竹や算木を用いて易で吉凶を見る人。 同じ意味の言い方に「陰陽師、身の上知らず」がある。
身から出た錆(みからでたさび)
自分が犯した悪行の結果として、自分自身が苦しむこと。
悪事身に返る(あくじみにかえる)
自分の犯した悪事は、めぐりめぐって戻ってきて自分を苦しめる結果になるということ。 「悪事身にとまる」ともいう。
悪銭身に付かず(あくせんみにつかず)
不当な手段で得た金は大切にしないから、とかくつまらないことに使ってしまい残らないものだということ。
述懐奉公身を持たず(じゅっかいぼうこうみをもたず)
不平、不満を持ちながら働いていても、身が持たないということ。
垢も身のうち(あかもみのうち)
垢も身体の一部であるから、長湯して丹念に身体を洗うのもほどほどにせよという、風呂好きの人をからかって言うことば。「腹も身の内」をもじったことば。
憂き身をやつす(うきみをやつす)
苦労や辛さなどを意に介さずに物事に熱中すること。 また、無意味なことに夢中になること。 「憂き身」は辛いことが多い身の意。
粋が身を食う(すいがみをくう)
遊びの道に通じた粋人は、遊興の道にふけって最後は身を滅ぼしてしまうということ。
待たるるとも待つ身になるな(またるるともまつみになるな)
人を待つのは腹立たしいから、人を待たせることはあっても自分は待つ立場にはなるなということ。
待つ身より待たるる身(まつみよりまたるるみ)
人を待っている人もつらいものだが、待たせている者も相手のことが気になってつらいものだということ。
身知らずの口叩き(みしらずのくちたたき)
自分の丈がどれほどかも量れないまま、言い分だけが人より前へ出る。 「口叩き」は、舌の回ることをいう。
養生に身が痩せる(ようじょうにみがやせる)
養生のために気を使ったり、金銭の心配をして、かえって心労で痩せてしまうということ。
我が身の臭さ我知らず(わがみのくささわれしらず)
自分の欠点はなかなか気がつかないというたとえ。
我が身の事は人に問え(わがみのことはひとにとえ)
自分の短所やしくじりは当人の目に入らないものだから、まわりに尋ねて直すのがよいということ。 わが事となると見立てが狂いやすいので、人の目を借りよという教え。
我が身を立てんとせばまず人を立てよ(わがみをたてんとせばまずひとをたてよ)
自分の身を立てたいと望むなら、まず人を引き立てるように心がけよということ。
我が身を抓って人の痛さを知れ(わがみをつねってひとのいたさをしれ)
自分の身に引き比べて、人の苦しみや痛みを思いやることが大切だということ。
芸が身を助けるほどの不仕合わせ(げいがみをたすけるほどのふしあわせ)
暮らし向きのよい時分に覚えた芸で、どうにか口を糊するありさまに落ちぶれること。 「芸は身を助ける」を裏返して、零落の身の上を皮肉った句。
腹も身の内(はらもみのうち)
腹とて他人のものではない。飲み食いの度が過ぎれば、つけを払うのは我が身である。
蠟燭は身を減らして人を照らす(ろうそくはみをへらしてひとをてらす)
わが身を削って、その分だけ周りを明るくすること。細っていくのは自分のほうで、明かりに与るのはいつも別の誰かである。
明日知らぬ身(あすしらぬみ)
今日は無事に過ごせたとしても、明日のことはわからない。永久不変のものなど無いという、この世の無常をいうことば。 「明日知らぬ身」ともいう。
仇も情けも我が身より出る(あだもなさけもわがみよりでる)
人から憎まれたり愛されたりするのは、自分の心がけや行いによるということ。
両方立てれば身が立たぬ(りょうほうたてればみがたたぬ)
一方に良いようにすれば、他方が不満に思う。どちらにも都合の良いようにするのは難しく、中に入った自分が苦しい立場に立ち、犠牲になってしまうということ。
身も蓋もない(みもふたもない)
言動が露骨すぎて味気ないこと、または率直すぎて話の続けようがないことのたとえ。 「身」は蓋に対して器の意。 器も蓋もなく、剝き出しで隠しようがない状態との意から。
身を粉にする(みをこにする)
労力を惜しまず、一生懸命に働くようす。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(みをすててこそうかぶせもあれ)
しがみついたまま離すまいとするうちは、逃げ場は開かない。惜しむものを手放して踏み込んだとき、はじめて浅瀬に足が着く。
身を捨てる藪はない(みをすてるやぶはない)
切羽詰まっても、最後まで自分の身だけは棄てることができないということ。
子を棄つる藪はあれど身を棄つる藪はなし(こをすつるやぶはあれどみをすつるやぶはなし)
困窮すると最愛のわが子でも棄てることができるが、自分の身だけは棄てることができないということ。
身で身を食う(みでみをくう)
自分で自分をだめにすることのたとえ。 自分で自分のからだを食べるとの意から。 「身で身を詰める」ともいう。
身に過ぎた果報は災いの基(みにすぎたかほうはわざわいのもと)
身の丈を超える幸いは、抱えきれずに転がり落ちるもとになる。大きすぎる当たりは、いずれ身を損なう。
欲は身を失う(よくはみをうしなう)
欲張りは身を滅ぼすもとであるということ。
欲を知らねば身が立たぬ(よくをしらねばみがたたぬ)
人並みに欲望がなければ、暮らしていくことはできないということ。
昨日は人の身、今日は我が身(きのうはひとのみ、きょうはわがみ)
人の運命は予測しがたく、他人にふりかかった災難が、いつ自分にもふりかかるかわからないということ。
気の毒は身の毒(きのどくはみのどく)
「気の毒」は自分の気持ちの毒になることの意で、心配事は身体に悪いということ。
酒は燗、肴は刺身、酌は髱(さけはかん、さかなはさしみ、しゃくはたぼ)
酒を飲むには、ほどよい燗で、酒の肴は刺身、酌は若い女性にしてもらうのがいいということ。「髱」は日本髪の後頭部の部分の髪。転じて若い女性。
生き身は死に身(いきみはしにみ)
この世に生きているものは、いつかは必ず死ぬものであるということ。
三度諌めて身退く(みたびいさめてみしりぞく)
繰り返し主君をいさめても聞き入れられない時は、潔く辞職するのが賢明だということ。
身ほど可愛いものはない(みほどかわいいものはない)
人は自分の身が何よりも大事であるということ。
臭いもの身知らず(くさいものみしらず)
まわりが顔をしかめていても、元を作っている当人だけは平気でいる。身の内から立つものには鼻が慣れてしまい、いちばん近い者がいちばん鈍くなる。
武士は相身互い(ぶしはあいみたがい)
武士同士は同じ立場にあるのだから、互いに理解し合って助け合うべきだということ。転じて、同じ立場にある者は、思いやりをもって互いに助け合うべきだということ。
大男総身に知恵が回りかね(おおおとこそうみにちえがまわりかね)
からだばかり大きくて愚かな男をあざけっていう言葉。
稼げば身立つ(かせげばみたつ)
一生懸命働けば、貧乏に苦しむことはないというたとえ。 「稼ぐに貧乏追い付かず」「辛抱に追い付く貧乏なし」「稼げば身立つ」ともいう。
悲しい時は身一つ(かなしいときはみひとつ)
困ったり落ちぶれたりすると、他人は当てにならず、頼りになるのは自分だけだということ。「身一つ」は財産もなく自分の体だけという意。
皮引けば身が付く(かわひけばみがつく)
密接な関係にあるものは、一方に何かが生じると他方にも影響が及ぶことのたとえ。 皮を引っ張れば、その下の肉も一緒に付いてくることから。 「皮引けば身が痛い」ともいう。
堪忍は身の宝(かんにんはみのたから)
怒りを抑えたり痛みや苦しみをこらえたりすることができると、一生の宝を持っているように安らかで幸福に生きていくことができるので、生涯心がけていくべきであるということ。 「堪忍は身の宝」ともいう。
薬は身の毒(くすりはみのどく)
病気を治すための薬も、適量以上飲めばかえって体に悪いということ。
芸は身につく(げいはみにつく)
いったん習い覚えた芸は、一生その人の能力として使うことができるということ。
芸は身の仇(げいはみのあだ)
習い覚えた芸事に夢中になり、身を滅ぼすことがあるというたとえ。
芸は身を助ける(げいはみをたすける)
遊び半分で覚えた腕が、食い詰めたときの糧になる。 道楽で済んでいたはずのものが、当人を養う側へ回ることもある。 「芸は身を助く」ともいう。
功成り名遂げて身退くは天の道なり(こうなりなとげてみしりぞくはてんのみちなり)
りっぱな仕事を成し遂げて名声を得たら、その地位にとどまらず退くのが、自然の摂理にかなった身の処し方であるということ。
小男の総身の知恵も知れたもの(こおとこのそうみのちえもしれたもの)
小男の全身が知恵だとしても、その量はたかが知れているということ。「大男総身に知恵が回りかね」に対して言い返す言葉。
心の鬼が身を責める(こころのおにがみをせめる)
良心に責められることのたとえ。「心の鬼」は、良心の呵責の意。
心は二つ身は一つ(こころはふたつみはひとつ)
望みは際限なく増えるのに、それを担う当人は増えない。欲を出しても、こなせる量には限りがあるとあきらめるときにいう。
三寸の舌に五尺の身を亡ぼす(さんずんのしたにごしゃくのみをほろぼす)
口を滑らせた一言が跳ね返り、築き上げた地位も暮らし向きも根こそぎ奪ってしまう。
世上物騒我が身息災(せじょうぶっそうわがみそくさい)
世間にどんな事が起こっても、自分の身が安全ならかまわない。世の中に無関心で利己主義な人のことをいう。
宝は身の仇(たからはみのあだ)
なまじ財産があると、そのために自分の身を滅ぼすことがあるということ。
蛸は身を食う(たこはみをくう)
資本や財産を食い減らすたとえ。蛸は空腹になると自分の足を食うといわれるところから。
ちょっと嘗めたが身の詰まり(ちょっとなめたがみのつまり)
ほんのちょっとだけ、と軽い気持ちで手を出したために、どうにもならない窮地に追い込まれること。
鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす(なくせみよりもなかぬほたるがみをこがす)
態度に出す者よりも態度に出さない者のほうが、心の中に切実な思いを秘めているというたとえ。 激しく鳴く蝉よりも、鳴くことのない蛍のほうが強い思いを秘めていて、その思いから身を焦がすように光っているとの意から。 単に「鳴かぬ蛍が身を焦がす」ともいう。
人相見の我が身知らず(にんそうみのわがみしらず)
他人の運命についてあれこれ占う人相見も、自分の事は正しい判断がつかないということ。「人相見」は、人相を見て運命を判断することを職業とする人のこと。
人に七癖、我が身に八癖(ひとにななくせ、わがみにやくせ)
他人の癖は目につきやすいが、自分の癖にはなかなか気がつかないから自戒せよということ。
人を怨むより身を怨め(ひとをうらむよりみをうらめ)
うまくいかなかった元を相手のせいにしても、得るものはない。 矛先はまず自分へ向け、足りなかった所から洗い出すのが順序だとする。
人を思うは身を思う、人を憎むは身を憎む(ひとをおもうはみをおもう、ひとをにくむはみをにくむ)
人に情けをかけることは自分のためになることであり、人を苦しめることはやがて自分の苦しみになるということ。
病む身より見る目(やむみよりみるめ)
病気をしている本人よりも、病人の苦痛を見ながら看病や世話をしている人のほうがつらいということ。 「病む目より見る目」ともいう。
褒めらるる身の持ちにくさ(ほめらるるみのもちにくさ)
世間からほめられる立場になると、その評判に恥じないようにするのが難しく、常に注目されているので窮屈な思いをするということ。
身過ぎは草の種(みすぎはくさのたね)
食べていく手立ては、選り好みさえしなければそこらじゅうにある。 一つの道が閉じても、次の道は足元から見つかる。
談義説法は出家の身過ぎ(だんぎせっぽうはしゅっけのみすぎ)
ありがたい談義や説法も、結局は僧侶が生計を立てる手段でしかないということ。 「生計」は「身過ぎ」ともいう。
短気は身を亡ぼす腹切り刀(たんきはみをほろぼすはらきりかたな)
短気を起こせば、自滅を招いてしまうことのたとえ。 短気は自分の腹を切る刀と同じであるとの意から。
明日は我が身(あすはわがみ)
災難がいつ自分の番に回ってきてもおかしくないということ。人の不幸を見て用心せよという戒め。 「今日は人の上、明日は我が身の上」の後半を取り出した言い方。
今日は人の上、明日は我が身の上(きょうはひとのうえ、あすはわがみのうえ)
今日は人の身に起きたことが、明日は自分の身に起きるかもしれない。人の災難を、自分には縁のないものと見てはならないという戒め。 後半だけを取り出して「明日は我が身」ともいう。
一朝の怒りにその身を忘る(いっちょうのいかりにそのみをわする)
一時的な怒りのために我を忘れて行動すること。 また、そのような行動は身を滅ぼすことになるという戒め。 「一朝の怒りに一生を過つ」ともいう。
肌身離さず(はだみはなさず)
常に持ち歩いている様子。 または、非常に大事にすることのたとえ。
神ならぬ身(かみならぬみ)
全知全能の神ではない我が身。人間の能力には限界があるということ。
貪欲は必ず身を食う(どんよくはかならずみをくう)
強すぎる欲望は身を滅ぼすという戒め。
今日あって明日ない身(きょうあってあすないみ)
人の命のはかないことや、人生の無常なことのたとえ。 また、死期が迫っていることのたとえ。
身を削る(みをけずる)
わが身をすり減らすほどに苦心を重ねること。
刺身のつま(さしみのつま)
あってもなくても影響がないもののたとえ。刺身に添える野菜や海藻のことから。
骨身を削る(ほねみをけずる)
身体が痩せ細るほどの努力や苦労をすること。
身が軽い(みがかるい)
からだの動きが軽快な様子。 また、責任や負担などがなく身軽な様子。
身銭を切る(みぜにをきる)
必ずしも自分が支払う必要のない費用をあえて自分の金銭で支払うこと。
身に余る(みにあまる)
人から与えられた待遇などが、自分の能力以上であること。身分に相応しくないこと。
身につまされる(みにつまされる)
他の人の不幸などが他人事とは思えず、自分のことのように感じられること。
身になる(みになる)
相手の立場になってものごとを考えること。 また、知識などが身について、その人のためになること。身体のためになること。
身の置き所がない(みのおきどころがない)
申し訳ない気持ちや恥ずかしい気持ちなどから、その場に居続けることが難しい様子。
身の毛がよだつ(みのけがよだつ)
恐ろしい目にあって全身の毛が逆立つほど、ぞっとする様子。
身は習わし(みはならわし)
人は環境や習慣次第でどのようにも変化するものだということ。
身二つになる(みふたつになる)
妊娠している人が出産すること。子どもを産むこと。
身を入れる(みをいれる)
物事を一生懸命取り組もうとする様子。
身を起こす(みをおこす)
身体をおこすこと。 また、不遇な環境にいた人が、努力して地位を得ること。
身を落とす(みをおとす)
おちぶれて、不幸な境遇に身をおくこと。
身を固める(みをかためる)
結婚して家庭を持つこと。定まった職業に就くこと。 また、身支度をしっかりと整えること。
身を砕く(みをくだく)
労力を惜しまず、大変な努力をするさま。
身を焦がす(みをこがす)
恋慕の情に苦しむこと。恋焦がれること。
身を持する(みをじする)
生活態度や品行を厳しく守り、保ち続けること。
身を任せる(みをまかせる)
相手の思い通りにさせること。
身を持ち崩す(みをもちくずす)
品行が悪化し、生活がだらしなくなること。
身を寄せる(みをよせる)
ある人の家に同居し、世話になること。
財宝は身の敵(ざいほうはみのかたき)
人は財宝を持ったせいで人生を踏み外すことがあるという戒め。
身を挺する(みをていする)
危険や困難を顧みず、自らの身を投げ出して物事にあたること。また、率先して困難な事に取り組むこと。
身を投じる(みをとうじる)
ある事柄や世界に、自らの意思で深く関わること。特に、新たな環境や困難な状況に身を置くこと。 また、身投げすること。
身を投げる(みをなげる)
自らの身を高所や水中に投げ出すこと。主に投身自殺を指す。 また、比喩的に、ある物事に全力で取り組み、身を犠牲にする意でも用いられる。
身を引く(みをひく)
ある立場や関係から退くこと。また、他人に譲るためや状況への配慮から、前に出るのを控えたり関与を避けたりすること。
身を潜める(みをひそめる)
人目につかないように、ひっそりと姿を隠すこと。また、目立つ行動を控え、静かにしていること。
身から出た錆は研ぐに砥石がない(みからでたさびはとぐにといしがない)
自分の過ちや行いが原因で生じた災難は、他人を責めることができず、受け入れるしかないということ。
妬みはその身の仇(ねたみはそのみのあだ)
人を妬んで悪く言ったり、害を与えようとしたりすると、その報いがめぐりめぐって自分自身に災いをもたらすということ。 「妬み」は「嫉み」とも書く。
口故に身を果たす(くちゆえにみをはたす)
言ってはならないことを口にしたり、思わず余計なことを言い過ぎたりして、自分の立場や身の上に大きな不利益を招くこと。 言葉は慎むべきであるという戒め。
身を立てる(みをたてる)
その仕事の稼ぎで暮らしをまかなうこと。世に出て相応の地位に上ることもいう。
身を以て(みをもって)
ほかならぬ自分の行いを通して、というさま。やっとの思いで危地を脱するさまにもいう。
富は屋を潤し徳は身を潤す(とみはおくをうるおしとくはみをうるおす)
蓄えが増せば住まいが見栄えよくなるように、徳を積めばその人となりに自ずと重みが備わるものだ。
身が入る(みがはいる)
気持ちがそこへ向いて、打ち込めるようになること。打ち消して「身が入らない」の形でも使う。
身が持たない(みがもたない)
無理が重なって、からだも財布も保たなくなること。
身に沁みる(みにしみる)
人の情けや寒さが、隔てなく内側まで届いてくること。
身に付く(みにつく)
学んだ事柄が習い性となって、自分の一部になること。
身も世もない(みもよもない)
悲しみに打ちのめされて、体裁をつくろう余裕さえ失うようす。
身を切られる(みをきられる)
寒さやつらさが刃物のように迫って、こらえきれないほどこたえること。「身を切る」の形では、自分の金を出して払う意にもなる。
骨身を惜しまず(ほねみをおしまず)
つらい思いを嫌がらず、進んで身を使うさま。
身過ぎは八百八品(みすぎははっぴゃくやしな)
「八百八」はありあまるほどの意。世の中で身を養う道は数え切れないほどあり、どれを選んで生きてもよいということ。
言葉は身の文(ことばはみのあや)
口をついて出る言い回しは、その身にまとった織り目にあたる。どれほどの人間かは、そこに透けて見える。「文」は、地の上に浮き出た筋目のこと。
着の身着のまま(きのみきのまま)
いま身に着けている一枚だけを頼りに家を離れる。家財も着替えも置き去りにしたまま、火や水に追い立てられて外へ出た有り様をいう。
身に勝る宝なし(みにまさるたからなし)
どれだけ財を積んだところで、それと引き換えに差し出せはしない。いざとなれば人は、自分の体ひとつを先に庇う。
紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤る(がんこはがしせず、じゅかんはおおくみをあやまる)
よい家に生まれた者は食うに困らず、学問を積んだ者ほど世渡りでつまずく。 才も学識も、身の置きどころしだいで報われない。 「紈袴」は上等な絹の袴で富家の子弟を、「儒冠」は学者のかぶる冠で学者そのものを指す。
口の虎は身を破る(くちのとらはみをやぶる)
口から出た一言が虎となって、言った本人に牙を剝く。物言いは控えめにという戒め。
骨身に応える(ほねみにこたえる)
寒さや痛み、苦労が体の奥まで響いて、二度とごめんだと思うほど深く参ること。
骨身に沁みる(ほねみにしみる)
うれしさもつらさも、身の内までしみ通って、忘れようにも忘れられないこと。
薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘い(くすりのきゅうはみにあつく、どくなさけはあまい)
ためを思う忠告ほど受け取るのがつらく、身を滅ぼす誘いほどすんなり受け入れられるということ。 効き目のある灸はやけどするほど熱いのに、体を壊す酒は口当たりがよいことにたとえた。
研ぎ賃に身を流す(とぎちんにみをながす)
刀の手入れに金をかけすぎて、その払いのために刀そのものを流してしまうこと。付け足しに力を注いで肝心なものを失う、本末転倒のたとえ。
身をやつす(みをやつす)
そうと気づかれないように、粗末な身なりに姿を変えること。 人目を避けて別人のようによそおう場合にいう。
人垢は身に付かぬ(ひとあかはみにつかぬ)
よそから奪い取った物や借り受けた物は、どれほど抱えても我が身に定着しないということ。 人の垢が浮いた湯につかっても、その垢が自分の肌に移ることはないことから。

