「仏」の意味・類語

「仏」(ほとけ)の意味・読み方を解説します。類語もあわせて確認できます。
仏
ほとけ
| 言葉 | 仏 |
|---|---|
| 読み方 | ほとけ |
| 意味・例文 |
|
| 用例 | 「仏心」「野仏」 |
「仏」の類語(同義語)・言い換え
「仏」の別の言い方や言い換え、近い意味を持つ言葉の一覧です。
「仏」で使われている漢字
「仏」を含む故事・ことわざ・慣用句
ないが極楽、知らぬが仏(ないがごくらく、しらぬがほとけ)
貧しい者は贅沢を知らないので、欲に悩むこともなく幸せに暮らしていけるということ。
彩ずる仏の鼻を欠く(さいずるほとけのはなをかく)
念を入れすぎたため、かえって大切な部分をこわしてしまうたとえ。「彩ずる」は彩色を施して飾る意。仏像を作り上げるのに、もう少し良くしようと手を加えているうちに肝心な鼻を欠いてしまうことから。
我が仏尊し(わがほとけとうとし)
手を合わせてきた相手こそが一番だと、疑いもせずに思い込む。 自分の側の物差ししか目に入らず、よそのものを端から見ようとしない狭さをいう。
鬼が出るか仏が出るか(おにがでるかほとけがでるか)
どんな恐ろしいことになるか予測できないことのたとえ。 からくり人形師が観客の興味をあおるためにいった言葉。 「鬼が出るか仏が出るか」ともいう。
鬼にもなれば仏にもなる(おににもなればほとけにもなる)
相手次第、出方次第で、鬼のようにこわい存在にもなれば、仏のようにやさしい存在にもなるということ。
下駄も仏も同じ木の切れ(げたもほとけもおなじきのきれ)
踏まれる側と拝まれる側に分かれてはいても、削り出された素はどちらも一本の幹だった。 扱いの高低は後から付いたもので、はじまりのところに上下はない。
見ぬは極楽、知らぬは仏(みぬはごくらく、しらぬはほとけ)
見たり知ったりすれば腹が立つことも、わからなければ穏やかな気持ちでいられるということのたとえ。 不愉快な事も、見なければ極楽気分でいられるし、知らなければ仏様のように心穏やかでいられるとの意から。
地獄で仏に会ったよう(じごくでほとけにあったよう)
もう逃げ道がないと腹をくくった場に、よもやという味方が立つ。 難を免れたことよりも、そのときに漏れる安堵のほうを言い表す。 「地獄で仏に会う」「地獄で仏」ともいう。
寝た間は仏(ねたまはほとけ)
どんな悪人でも眠っている間は仏のように無心だということ。また、眠っている間は苦労や心配も忘れ、仏のような心になれるということ。
事ある時は仏の足を戴く(ことあるときはほとけのあしをいただく)
普段は不信心な人でも、困ったときには仏の足元にひれ伏して救いを求めるというたとえ。
仏の顔も三度(ほとけのかおもさんど)
気の長い相手でも、無遠慮を重ねられればいつかは怒る。こちらの甘えが度を越したところで、相手の辛抱は切れてしまう。
知らぬが仏(しらぬがほとけ)
事情が耳に届かないでいるあいだは、波風の立たない心持ちのまま過ごせる。 ひとり事の次第を呑み込めずにいる者は、まわりの笑いを買う。
知らぬ仏より馴染みの鬼(しらぬほとけよりなじみのおに)
見ず知らずの善人より、癖は承知のうえで付き合ってきた相手のほうが当てになる。 人柄の良し悪しより、勝手の知れていることが物を言う場合をいう。
仏千人、神千人(ほとけせんにん、かみせんにん)
世の中には悪い人間もいるが、仏や神のようなよい人間もたくさんいるということ。
仏造って魂入れず(ほとけつくってたましいいれず)
形だけは立派に整えておきながら、そこに命を吹き込む一手を忘れていること。仕上がって見えるのに、いちばん要るものがそっくり落ちている。
仏の光より金の光(ほとけのひかりよりかねのひかり)
人の心は、仏のありがたさよりも金の力にひかれやすいというたとえ。
仏ほっとけ神構うな(ほとけほっとけかみかまうな)
神仏には近づきすぎないでおけ、という心得。「仏」を「ほっとけ」、「神」を「かまうな」と重ねて口調をそろえた文句。
仏も昔は凡夫なり(ほとけもむかしはぼんぷなり)
どんな人間でも努力すれば、仏のように立派になれるということ。 釈迦も元は凡夫だったが、修行の末に悟りを開くことができたとの意から。 「仏も本は凡夫なり」ともいう。
仏も無き堂へ参る(ほとけもなきどうへまいる)
本尊の安置されていない堂に足を運んで拝む意から、 初めから見返りの望めない徒労をいう。
神も仏もない(かみもほとけもない)
困難な状況から救ってくれる神様も仏様もいないと嘆いていう言葉。
仏の沙汰も銭(ほとけのさたもぜに)
この世は金次第でどうにでもなるということのたとえ。 仏がその人を救うかどうかさえも寄付した金銭の多さで変わるということから。
参らぬ仏に罰は当たらぬ(まいらぬほとけにばちはあたらぬ)
何事にも関わらなければ、災いを受けることもないということ。 参ってもいない仏の罰が当たるはずがないとの意から。
猿が仏を笑う(さるがほとけをわらう)
猿が仏の姿をありがたがりもせず笑うように、思慮の乏しい者は、はるかに及ばぬ相手の大きさを量りかね、かえって鼻で笑ってしまうものだ。
知らぬが仏、見ぬが秘事(しらぬがほとけ、みぬがひじ)
事の真相は伏せられていたほうが心は乱れず、隠されたものもあえて覗かないでおくのがよい。 のぞいた先にあるのは、たいてい拍子抜けするような中身である。
仏になる(ほとけになる)
息が絶えて、この世の側から拝まれる側へ移ること。亡くなった人をそのまま「仏」と呼ぶ言い習わしに沿った形で、死をじかに口にせずに済む。
