「子」の意味・類語・対義語

「子」(こ)の意味・読み方を解説します。類語・対義語もあわせて確認できます。
子
こ
| 言葉 | 子 |
|---|---|
| 読み方 | こ |
| 意味・例文 |
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「子」の類語(同義語)・言い換え
「子」の別の言い方や言い換え、近い意味を持つ言葉の一覧です。
「子」の対義語(反対語)
- こ子

- おや親
※広義での対義語(反対語)も含まれます。
「子」で使われている漢字
「子(こ)」を含む故事・ことわざ・慣用句
ない子では泣かれぬ(ないこではなかれぬ)
子育てには苦労があり時には泣かされることもあるが、たとえ苦労させられても子どもはいたほうがよいということ。 「ない子に泣かないが有る子に泣く」「ない子では泣かである子に泣く」などともいう。
老いては子に従え(おいてはこにしたがえ)
年をとったら出しゃばらずに、何事も子どもに任せて従っていくほうがいいということ。
負うた子に教えられて浅瀬を渡る(おうたこにおしえられてあさせをわたる)
人は時には自分より経験の浅い年下の者から物事を教わることもあるというたとえ。背中に負ぶった子に浅瀬を教えられて川を無事に渡るとの意から。
負うた子より抱いた子(おうたこよりだいたこ)
身近なことを優先したり、大事にするのが人情だというたとえ。背中に負ぶった子より前に抱いている子を先に面倒見てしまう意から。
負うた子を三年探す(おうたこをさんねんさがす)
手近にあることに気づかず、長い間あちこちを探し回るたとえ。 背中に負ぶった子どもをどこへ行ったと三年も探す意から。
蛙の子は蛙(かえるのこはかえる)
子どもは親に似るものであるということ。また、凡人の子はやはり凡人であるというたとえ。
父父たらずと雖も子は子たらざるべからず(ちちちちたらずといえどもこはこたらざるべからず)
父親が父親の役目を果たさなくても、子どもは子どもとしての役目を果たさなければならないということ。
孫飼わんより犬の子飼え(まごかわんよりいぬのこかえ)
孫を可愛がっても孝養は期待できないから、犬でも飼ったほうがましだということ。
孫は子より可愛い(まごはこよりかわいい)
孫は子ども以上にかわいいということ。祖父母が孫をかわいがることの甚だしさをいう。
持つべきものは子(もつべきものはこ)
他人ではあてにできない事も、わが子ならばしてくれる。子は持つべきもので、わが子ほどありがたいものはないということ。
夜鶴子を思う(よるのつるこをおもう)
子を思う親の情愛が深いことのたとえ。 「雉」はきじのこと。 雉は野を焼かれたら危険を顧みずに巣にいる子どもを助けに戻り、鶴は霜の降りる寒い夜には自分の羽を広げて子を暖めるとの意から。 単に「焼け野の雉」「夜の鶴」、また「夜鶴子を思う」「子を思う夜の鶴」ともいう。 「焼け野の雉」は、身を隠すところのない雉のことから、危険にさらされることのたとえとしてもいわれる。
江戸っ子は宵越しの銭は持たぬ(えどっこはよいごしのぜにはもたぬ)
江戸っ子はその日に稼いだお金はその日のうちに使ってしまうということ。江戸っ子の気前のよさを自慢して言った言葉。 「持たぬ」は「使わぬ」ともいう。
親が親なら子も子(おやがおやならこもこ)
親と子はよく似るものだということ。親がだめだと子どももだめだというように、悪いところが似た場合に多く使われる。
親苦、子楽、孫乞食(おやく、こらく、まごこじき)
一代目が苦労して蓄えた身代は、二代目が安楽に使い減らし、三代目には何も残らないということ。 築いた者の辛苦を知らない代が続くうちに、家産は細っていくという見方。
親の因果が子に報う(おやのいんががこにむくう)
親の悪行の結果、罪のない子どもが災いを受けること。
親の恩は子で送る(おやのおんはこでおくる)
わが子をりっぱに育てることで、親から受けた恩を返すということ。「送る」は恩に報いるという意。
親の心、子知らず(おやのこころ、こしらず)
子どもを思う親の深い愛情を知らず、子どもは勝手気ままなことをするということ。
馬鹿な子ほど可愛い(ばかなこほどかわいい)
親にとっては、賢い子より愚かな子のほうがふびんでかわいいということ。
その子を知らざればその友を視よ(そのこをしらざればそのともをみよ)
当人を測りかねたら、まわりに誰がいるかを見ればよい。 人は自分に似た者を選んで側に置く。
虎の子(とらのこ)
非常に大切にして手放さないもの。虎が子を大事にするということから。
蜘蛛の子を散らす(くものこをちらす)
その場にいた者たちが、めいめい別の向きへ走り去って見えなくなるさま。蜘蛛の子を包んだ袋が破れると、中の子が方々へ抜け出ていくことから。
死なぬ子三人、皆孝行(しなぬこさんにん、みなこうこう)
三人の子どもが親より先に死なずに成人してくれたら、これ以上の孝行はないということ。
死ぬる子は眉目よし(しぬるこはみめよし)
早死にする子にかぎって器量がよく、ふびんで惜しまれるということ。
我が子自慢は親の常(わがこじまんはおやのつね)
親は誰でも我が子を自慢したがるということ。
悪い親も良い子を望む(わるいおやもよいこをのぞむ)
どんな悪人でも、我が子は良い人間であってほしいと望むということ。
秋の日と娘の子はくれぬようでくれる(あきのひとむすめのこはくれぬようでくれる)
秋の日は暮れないようでいて急に暮れるように、大事にされてきた娘も、嫁にくれないように見えて案外簡単にくれるものだということ。
商人の子は算盤の音で目を覚ます(あきんどのこはそろばんのおとでめをさます)
人の習性は、育つ環境の影響を大きく受けるということ。 商人の子どもは金勘定に敏感で、眠っていても算盤の音で起きるという意味から。
孝行も子による(こうこうもこによる)
親孝行はうれしいものだが、どんな子から、どんなやり方でされてもよいとは限らない。悪事に手を染めてまでの孝行なら、かえって迷惑だということ。
憎まれっ子世に憚る(にくまれっこよにはばかる)
人から憎まれるような者にかぎって、世の中では幅をきかせているということ。 「憚る」とは幅をきかすこと。 「憎まれっ子」は「憎まれ子」ともいう。 また、「憎まれ子国にはびこる」「憎まれ子国にはだかる」「憎まれ子世に出ず」「憎まれ者世に憚る」などともいう。
猫の子一匹いない(ねこのこいっぴきいない)
まったく人がいないようす。
律義者の子沢山(りちぎもののこだくさん)
律義者は、品行方正で家庭円満なので、夫婦仲もよく子どもが多く生まれるということ。
人の子の死んだより我が子の転けた(ひとのこのしんだよりわがこのこけた)
他人の子どもが死んだことよりも、自分の子が転んだことのほうが重要だということ。我が子の大事さのたとえ。また、自分の利益が一番大事ということのたとえ。
子を棄つる藪はあれど身を棄つる藪はなし(こをすつるやぶはあれどみをすつるやぶはなし)
困窮すると最愛のわが子でも棄てることができるが、自分の身だけは棄てることができないということ。
醜い家鴨の子(みにくいあひるのこ)
家鴨の群れの中で醜いと嫌われて育った雛が、大きくなってみれば白鳥だったという童話による言い方。 まわりから器量が悪いの出来が悪いのと言われて育ちながら、長じて美しくも立派にもなる子。
盗人を捕らえて見れば我が子なり(ぬすびとをとらえてみればわがこなり)
悪事の相手を突き止めたら身内だった、という行き詰まり。責める側に立てなくなり、近くにいる者ほど疑いの外に置けないと思い知らされる。
親の十七、子は知らぬ(おやのじゅうしち、こはしらぬ)
親は自分が未熟だった若い頃の失敗談などをしないから、子どもにはわからない。完全なふりをして子どもに意見する親を皮肉っていう言葉。
親は親、子は子(おやはおや、こはこ)
親子でもそれぞれが別の人間であり、性質や才能が同じとは限らないということ。
親馬鹿子馬鹿(おやばかこばか)
目が曇った親は子の至らなさを見落とし、子のほうもそれを当て込んで甘えたままでいる。 互いに引き下げ合ったまま、双方とも気づかない。
親はなくとも子は育つ(おやはなくともこはそだつ)
親がいなくても、子どもはなんとか成長していく。世の中は、そう心配することもないというたとえ。
親は木綿着る、子は錦着る(おやはもめんきる、こはにしききる)
親は一生懸命働き質素に暮らして財産を築き、子はその苦労を知らずにぜいたくをして、親の財産を浪費するというたとえ。
生んだ子より抱いた子(うんだこよりだいたこ)
生んだだけで育てていない実の子より、小さい時から育てた他人の子のほうがかわいいということ。
貧乏人の子沢山(びんぼうにんのこだくさん)
金のない家に限って子どもの数が多いものだということ。 灯火の油代を惜しんで日暮れとともに床につくからだ、という説き方もある。
思うようなら子と三人(おもうようならことさんにん)
人生が思い通りになるなら、夫婦と子ども一人の三人で暮らすのが一番いいということ。
寝た子を起こす(ねたこをおこす)
治まっている物事に余計な手出しをして、再度問題を引き起こすことのたとえ。 ようやく寝た子をわざわざ起こして泣かせるとの意から。
寝る子は賢い親助け(ねるこはかしこいおやだすけ)
泣かずによく眠る子どもは、手がかからないので親にとってありがたいということ。
寝る子は育つ(ねるこはそだつ)
よく眠る子は元気で丈夫に育つということ。
世の中は年中三月常月夜、嬶十七俺二十、負わず借らずに子三人(よのなかはねんじゅうさんがつじょうつきよ、かかあじゅうしちおれはたち、おわずからずにこさんにん)
世の中は、いつも三月頃の温暖な気候で、夜は明るい月夜、妻は十七歳自分は二十歳、責任も借金もなく、子どもは三人持つ暮らしが望ましいということ。江戸時代の庶民のささやかな願望をいった言葉。
三つ叱って五つほめ、七つ教えて子は育つ(みっつしかっていつつほめ、ななつおしえてこはそだつ)
子どもは少し叱って多くほめ、たくさん教えて育てるのがいいということ。
江戸っ子の往き大名帰り乞食(えどっこのゆきだいみょうかえりこじき)
後先を勘定に入れず景気よく振る舞うのが江戸の気風で、道中の初めのうちに懐を空にしてしまう。派手に使った分だけ、戻りは寒々しい姿になる。
江戸っ子は五月の鯉の吹き流し(えどっこはさつきのこいのふきながし)
江戸っ子は口は悪いが気性はさっぱりとしていて、物事にこだわらないということ。また、口先ばかり威勢がよくて意気地がないということ。「吹き流し」は、鯉のぼりのことで、吹き抜けで腹の中が空洞になっていることから。「口先ばかりで腸なし」と続けてもいう。
縁の切れ目は子で繋ぐ(えんのきれめはこでつなぐ)
夫婦仲がうまくいかなくなっても、子どもがいれば縁をつなぎとめてくれるということ。
多し少なし子三人(おおしすくなしこさんにん)
子どもは三人いると、多からず少なからずで理想的だということ。
男猫が子を生む(おとこねこがこをうむ)
ありえないことのたとえ。 「男猫」は雄猫のこと。 雄の猫が子を産むことはないとの意から。
負わず借らずに子三人(おわずからずにこさんにん)
人の世話にならず、借金もなく、子どもが三人ぐらいいる家庭が理想的で幸福だということ。
かわいい子には旅をさせよ(かわいいこにはたびをさせよ)
子どもがかわいいなら、甘やかして育てるより、世の中に出してつらさや苦しさを経験させたほうがいいということ。 「いとしい子には旅をさせよ」ともいう。
狐の子は面白(きつねのこはつらじろ)
子は親に似るというたとえ。「面白」は、顔が白いこと。
堯の子堯ならず(ぎょうのこぎょうならず)
頭抜けた父のもとに、同じ器量の子が並ぶわけではない。 古代の聖王は位を我が子に渡さず、人柄を見込んだ舜に譲ったという。
子三人、子宝(こさんにん、こだから)
子どもは三人ぐらいが理想的で、子宝というのにふさわしいということ。
乞食の子も三年経てば三つになる(こじきのこもさんねんたてばみっつになる)
生まれた子も三年経てばちゃんと三歳になるように、どんな物事も時が経てば変化し成長するということ。 「乞食の子も三年経てば三つになる」ともいう。
子宝、脛が細る(こだから、すねがほそる)
親にとって子どもは宝であるが、育てるためには脛が細くなるような苦労をするということ。
子供好きに子なし(こどもずきにこなし)
子どもが好きな人には、子どもがない場合が多いということ。
子供は風の子(こどもはかぜのこ)
子どもは寒さをものともせず、冬でも風の中を元気に駆けまわる。「子供は風の子、大人は火の子」と続けて、火のそばを離れない大人と対にしていう。
子に過ぎたる宝なし(こにすぎたるたからなし)
これに勝るものは無いと言い切れる持ち物は、親にとっては我が子しかない。ほかに何を積んでも、その位置は動かない。
この親にしてこの子あり(このおやにしてこのこあり)
親の気質は、そのまま子の振る舞いに写って出る。 子を見て育てた側の人柄まで言い当てるときに使い、褒めるときにも呆れるときにも向けられる。
子の心、親知らず(このこころ、おやしらず)
親はとかく、子どもの本当の心や考えを察知することは出来ないということ。
子はあるも嘆き、なきも嘆き(こはあるもなげき、なきもなげき)
子を授かれば授かったで案じごとが尽きず、授からなければ授からないでそのことを嘆く。 持つも持たぬも、親の胸から心配の種が絶えることはないものだ。
子は産むも心は生まぬ(こはうむもこころはうまぬ)
腹を痛めて生み落とせるのはからだまでで、その子がどんな心根に育つかまでは産んだ者の手が届かない。 親と似ても似つかぬ性分の子を持った者が、ため息まじりに言う言葉。
子は鎹(こはかすがい)
子どもは夫婦の縁をつなぎとめる鎹のような存在で、我が子への愛情から夫婦の仲がなごやかに保たれるということ。「鎹」は、材木をつなぎ止めるためのコの字型の鉄製の釘のこと。
子は三界の首枷(こはさんがいのくびかせ)
親は子どものことにとらわれて、終生自由を束縛されてしまうということ。「三界」は、過去・現在・未来の三世のこと。「首枷」は、罪人の首にはめて自由を束縛する刑具。子どもは三界にわたって親の自由を拘束する首枷のようなものだということ。
子ほど喜ばせにくいものはなく親ほど喜ばせやすいものはない(こほどよろこばせにくいものはなくおやほどよろこばせやすいものはない)
親の愛情を当然と思っている子どもを喜ばせるのは難しいが、親は子どものわずかな孝養でも大喜びするということ。
子故の闇(こゆえのやみ)
わが子を思う情に引かれて、親が分別を失うこと。「人の親の心は闇にあらねども」と詠まれた歌から出た言い方。
子を知ること父に若くはなし(こをしることちちにしくはなし)
父親は子どもの長所や短所を誰よりもいちばんよく知っているということ。「若くはなし」は、及ぶものはないという意。
子を見ること親に如かず(こをみることおやにしかず)
子どもの長所や短所をいちばんよく知っているのは親であり、親に及ぶものはないということ。
子を持って知る親の恩(こをもってしるおやのおん)
わが子を育てる側に回ってはじめて、かつて自分が受けていたものの重さに気づくということ。 手のかかりようも掛かりの重さも、その立場に立たなければ見えてこない。
三人子持ちは笑うて暮らす(さんにんこもちはわろうてくらす)
子どもを持つなら三人くらいがちょうどよく、幸せな暮らしができるということ。
獅子の子落とし(ししのこおとし)
我が子に苦しい経験をさせて、厳しく鍛えて育てることのたとえ。獅子は、生まれた子を深い谷に投げ落とし、這い上がってきた強い子だけを育てるという言い伝えから。
死んだ子の年を数える(しんだこのとしをかぞえる)
もう手の届かないことをいつまでも蒸し返して、詮ない繰り言を並べるたとえ。 亡くした子がいま幾つかと指を折る、その甲斐のない振る舞いになぞらえた言い方。
死んだ子は賢い(しんだこはかしこい)
死んでしまった子は良い所だけが思い出され、親の記憶の中ではいつまでも賢いということ。
千金の子は市に死せず(せんきんのこはいちにしせず)
金持ちの子は、罪を犯しても金の力によって死罪を免れ、町中で処刑されるようなことにならない。また、金持ちの子は、金の力で危険を防ぐことができるので、町中で悪者に殺されるようなことはないということ。金さえあれば身を守ることができるということを皮肉った言葉。「千金」は金持ち、「市」は町の意。
てらつつきの子は卵から頷く(てらつつきのこはたまごからうなずく)
殻を破る前から、木をつつく時と同じ首の使い方を見せるらしい。 後に何をする者かは、物心のつかぬうちの仕草にもう出ている。
千の蔵より子は宝(せんのくらよりこはたから)
財をどれだけ積んでも、子ども一人の値打ちには届かない。あとに残って効いてくるのは、蓄えたものより育てた者のほうだ。
袖の下に回る子は打たれぬ(そでのしたにまわるこはうたれぬ)
親が我が子を懲らしめようとしても、逃げずに袖にすがって寄ってくる子には手を上げられないものだということ。憎からず思う親心をいう。
外孫飼うより犬の子飼え(そとまごかうよりいぬのこかえ)
他家へ嫁いだ娘が生んだ子は、いくらかわいがっても、将来の頼りにはならない。そんな孫をかわいがるより、犬の子をかわいがるほうがましだということ。
抱いた子の塵を食うを知らぬ(だいたこのちりをくうをしらぬ)
内輪のことには案外気が回らないというたとえ。 抱いている子どもが、ごみを口に入れても気がつかないことがあるとの意から。
たまに出る子は風に遭う(たまにでるこはかぜにあう)
普段しないようなことをすると、失敗したりひどい目に遭ったりするというたとえ。 めったに外に出ない子がたまに外出すると、その日に限って大風が吹くとの意から。
足らず余らず子三人(たらずあまらずこさんにん)
子どもは三人いるのが、多過ぎず少な過ぎずでちょうどいいということ。
鳶の子は鷹にならず(とびのこはたかにならず)
平凡な人間の子は、やはり平凡な人間になるというたとえ。
虎の子渡し(とらのこわたし)
家計のやりくりに苦しむことのたとえ。虎が子を三頭生むと、その中に彪(ひょう)が一頭いて他の二頭を食おうとするため、川を渡る時に子を彪と二頭だけにしないよう、子の運び方に苦慮するという中国の故事から。
泣く子と地頭には勝てぬ(なくことじとうにはかてぬ)
道理の通じない相手にはかなわないから、争っても無駄ということのたとえ。 「地頭」は、中世の荘園管理に当たった権力ある役人。
泣く子に乳(なくこにちち)
効果がすぐに現れることのたとえ。泣いている赤ん坊に乳を与えれば、すぐに泣きやむことから。
泣く子は育つ(なくこはそだつ)
大きな声でよく泣く子どもは元気で、丈夫にたくましく育つということ。
盗みする子は憎からで縄掛くる人が恨めしい(ぬすみするこはにくからでなわかくるひとがうらめしい)
悪事を働いたのは我が子なのに、腹が立つのは取り押さえた側のほうへ向く。 情に引かれると、筋の通し方まで裏返る。
膝っ子に目薬(ひざっこにめぐすり)
はなはだしい見当違いのたとえ。努力しても無駄なことのたとえ。 膝に目薬をさしても効果がないことから。 「尻に目薬」「目薬を尻へさす」「疝気さ目薬」ともいう。
減らぬものなら金百両、死なぬものなら子は一人(へらぬものならかねひゃくりょう、しなぬものならこはひとり)
必要な物が必要な分だけあれば十分だということ。 もしも使っても減らないのであれば金は百両、死なないのであれば子どもは一人いればよいとの意から。 「死なぬものなら子は一人、減らぬものなら金百両」ともいう。
子で子にならぬ時鳥(こでこにならぬほととぎす)
手をかけて育てても、血の通っていない子はどこかで実の親のほうへ戻っていく。 鶯の巣で孵された雛も、やはり時鳥として巣立っていく。
熱火子に払う(あつびこにはらう)
緊急事態には、利己心が醜く現れるというたとえ。 炎が自分に迫ってきた時は、炎を我が子の方へ払いのけてでも助かろうとするとの意から。 「熱火子にかく」ともいう。
いい子になる(いいこになる)
自分だけがよく思われるように、ずるく立ち回ること。
泣く子も黙る(なくこもだまる)
泣きじゃくっている子どもが泣き止んでしまうほど、ひどく恐ろしい存在であることのたとえ。
祖父は辛労、子は楽、孫は乞食(じじはしんろう、こはらく、まごはこじき)
金持ちも長続きはしないことのたとえ。 祖父が苦労して財産を築き、子が楽をして、孫は乞食になるほどに落ちぶれるということから。
泣く子も目を見る(なくこもめをみる)
無分別な者や一見何も考えていないように見える者であっても、多少は周囲の状況を考慮して振る舞うものであるというたとえ。 泣きわめいている子供でも、時折目を開けて周囲の状況や相手の態度をうかがっているとの意から。
我が子の悪事は見えぬ(わがこのあくじはみえぬ)
親は自分の子をひいきしがちで、欠点や過ちに気づかないものだということ。
子養わんと欲すれども親待たず(こやしなわんとほっすれどもおやまたず)
子に親を養う力がついた頃には、その親はすでに亡い。孝行が間に合わなかった嘆きをいう。
元も子もない(もともこもない)
注ぎ込んだ骨折りも、初めから持っていたものも、ひとつ残らず消えること。多く「〜しては元も子もない」の形で、行き過ぎを戒めるのに用いる。 「元」は貸し付けたもとの金、「子」はそこに付く利を指す。
妻いとしの子いとし(めいとしのこいとし)
妻や子ばかりを大切にして、親や兄弟をないがしろにする者をそしっていう言葉。
子無しに子を呉れるな(こなしにこをくれるな)
わが子を育てたことのない相手に、子を養子として託してはいけないという戒め。 手をかけて育てた覚えがなければ、子に注ぐべき情の深さもわからないという見方から。
自分の子には目口が明かぬ(じぶんのこにはめくちがあかぬ)
親は子の落ち度になかなか気づかず、気づいても責める気になれないということ。目も口もふさがってしまう意から。
千金の子は坐して堂に垂せず(せんきんのこはざしてどうにすいせず)
重い立場にある者ほど、向こう見ずな真似を控えるものだ。万一のとき損なわれるものが大きいからである。 「垂堂」は瓦の落ちかかる堂の軒端。漢の袁盎は、坂道を車で駆け下りようとした文帝をこの句で押しとどめた。
子にすることを親にせよ(こにすることをおやにせよ)
子をいたわるときの心を、そのまま親へも向けよ。人の情は下へばかり流れて、上へはなかなか返ってこない。 血のつながらない親との間柄でよく使う。
