隋に続いて中国を治めた王朝。隋の末に各地で反乱が起こる中、618年に李淵(高祖)が隋の皇帝に位を譲らせて開き、都を長安に置いた。律令による国の仕組みを整えた。中央アジアやペルシア、インドなどとも盛んに行き来し、外国の文化も取り入れて、詩や絵画などが大いに栄えた。7世紀の末から8世紀の初めにかけて、則天武后が帝位について国の名を周と改めたため一時途切れ、8世紀半ばの大きな反乱(安史の乱)のあとは衰えて、907年に朱全忠に国を奪われて滅んだ。 「唐の都、長安」
一つめの唐が滅んだあと、国が分かれて争った五代十国の時代に、「唐」を国の名とした国。洛陽に都を置いた後唐(923〜936年)と、今の南京を中心に長江の下流を治めた南唐(937〜975年)がある。
日本で昔、中国のことをこう呼んだ。のちには、中国に限らず外国のことも広くいった。「唐人」「唐本」「唐物」など、熟語の頭の字としても使う。
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