「非ず」の意味

「非ず」(あらず)の意味・読み方を解説します。
非ず
あらず
| 言葉 | 非ず |
|---|---|
| 読み方 | あらず |
| 意味 | 否定を言い表す言葉。そうではない。 |
「非ず」で使われている漢字
「非ず」を含む故事・ことわざ・慣用句
我が心石に非ず、転ずべからず(わがこころいしにあらず、てんずべからず)
心が確固として不動であることのたとえ。 自分の心は石ではないから、転がして動かすことはできないということ。
人、木石に非ず(ひと、ぼくせきにあらず)
感情を持たない木や石とは違い、人は喜怒哀楽をさまざまな形で表す感情豊かな動物であるということ。 「人は岩木に非ず」ともいう。
白馬馬に非ず(はくばうまにあらず)
詭弁やこじつけのこと。 中国、周時代に公孫竜が、「馬」は形に名付けられた概念で「白」は色に名付けられた概念であるから「馬」と「白馬」は別の概念を表すという論を説いたことから。 「白馬は馬に非ず」「白馬非馬論」ともいう。
沙汰の限りに非ず(さたのかぎりにあらず)
言い分を聞くまでもなく、頭から取り合う気になれない振る舞い。 良し悪しを量る段階を、とうに通り越している。 「沙汰」は、物事の是非を取り上げて決めること。
千金の裘は一狐の腋に非ず(せんきんのきゅうはいっこのえきにあらず)
国を治めるには、多くの有能な人材が必要だというたとえ。 「裘」は獣の毛皮で作った衣服。皮衣。「腋」は脇の下。 千金もする皮衣は、一匹の狐のわきの毛だけでは作れないとの意から。
大廈の倒れんとするは一木の支うる所に非ず(たいかのたおれんとするはいちぼくのささうるところにあらず)
屋台骨ごと傾きはじめた組織は、誰か一人が踏ん張ったところで持ち直さない。 崩れは全体に回っており、そこへ差し出せる手は小さすぎる。 「大廈」は高く構えた建物をいう。 「倒れんとする」は「顚れんとする」とも書く。 「一木大廈の崩るるを支うる能わず」「一木いずくんぞ能く大廈を支えん」ともいう。
百戦百勝は善の善なる者に非ず(ひゃくせんひゃくしょうはぜんのぜんなるものにあらず)
百回戦って百勝しても、何らかの損害がでるので得策とはいえない。戦わずに勝つことが出来れば、それが一番いい方法だということ。
無きにしも非ず(なきにしもあらず)
全く無いとは言えない。無いということもない。少しはある。
知ることの艱きに非ず、行うこと惟艱し(しることのかたきにあらず、おこなうことこれかたし)
筋道を呑み込むところまでは、さほど骨が折れない。 手を動かして形にする段になって、初めてその重みが分かる。
敢えて後れたるに非ず、馬進まざるなり(あえておくれたるにあらず、うますすまざるなり)
人の役に立つ大きな働きをしながら、手柄を自分のものとせず、たまたまそうなっただけのように言って控えめにふるまう態度。 春秋時代の中国、魯(ろ)の国の孟之反(もうしはん)は、戦いに負けて逃げ帰る味方の列のいちばん後ろに残り、追ってくる敵を食い止めた。ところが城の門をくぐる前に自分の馬にむちを当てて「わざと遅れて残ったのではない。この馬がなかなか前へ進もうとしなかったのだよ」と口にし、ほめられるのを避けたという。『論語』で孔子がこの話を引いて、孟之反の手柄を誇らない人柄をたたえている。
枳棘は鸞鳳の棲む所に非ず(ききょくはらんぽうのすむところにあらず)
すぐれた力をもつ人物にとって、つまらない役目や小さな土地は、長く腰をすえるに足る所ではない。徳の高い人ほど、どこに身を置くかをよく選ぶものだ、と説くときにも引かれる。 「枳棘」は、とげの多いからたちの木と、いばらのやぶのこと。「鸞鳳」は、鸞と鳳凰という、昔の中国の言い伝えにある気高くめでたい鳥。とげだらけのやぶに、そのような鳥は住みつかない。この取り合わせから、小さな土地や身分の低い役目を「枳棘」に、すぐれた人を「鸞鳳」に当てはめた句である。 もとの話は『後漢書』仇覧伝に見える。県の長官だった王渙は、部下として仕えていた仇覧の人がらと力を高く買い、「とげのやぶは鸞や鳳の住む所ではなく、百里四方ほどの小さな県は、すぐれた人の進む道ではない」と告げ、自分の給料ひと月分を元手として渡し、都の太学(国の最高の学校)へ学びに行かせた。大きな鳥で大人物をたとえる言い方には、[[鴻鵠の志*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1224.php]]などもある。
