「して」の意味

「して」(して)の意味・読み方を解説します。
して
して
| 言葉 | して |
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| 読み方 | して |
| 意味・例文 |
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「して」を含む故事・ことわざ・慣用句
家貧しくして孝子顕る(いえまずしくしてこうしあらわる)
裕福な家なら子は親に養われていればすむが、暮らしが苦しければ子も家計を担わねばならない。その働きぶりが人の目にとまり、孝行者として名が立つということ。 「世乱れて忠臣を識る」と対にしていい、人の値打ちは苦しい場に置かれて初めて見えてくるという含みを持つ。
抜き足して来るひとに碌な者なし(ぬきあししてくるひとにろくなものなし)
音をさせないように近づく者は、何か後ろ暗い所があるので碌(ろく)な者ではないということ。
労多くして功少なし(ろうおおくしてこうすくなし)
かけた手間の重さに、こちらへ戻る中身が届かない。動いた分だけ前へ進むとは限らないことをいう。
往事渺茫としてすべて夢に似たり(おうじびょうぼうとしてすべてゆめににたり)
昔の出来事はいまとなっては霞のかなたに遠のいて、あれもこれも夢の中のことのように思われるということ。 「往時」は過ぎ去った昔で、原詩では「往事」と書く。「渺茫」は遠く広がってはっきりしないさま。
垣堅くして犬入らず(かきかたくしていぬいらず)
家庭内が健全であれば外部からこれを乱すような者が入ってくることはないということ。垣根が厳重だと犬が入ってこられないという意味から。
小人閑居して不善をなす(しょうじんかんきょしてふぜんをなす)
器の小さい者は、手の空いた時間の使い道を知らない。 することが無くなったとたん、余計な方へ向かってしまう。 人物のできた相手を前にすると、しでかした分を取り繕おうとする、というところまでが一続きに述べられている。 「小人」は、君子の対で器量のせまい人。「閑居」はひとり暇にしていること。
我を非として当たる者は吾が師なり(われをひとしてあたるものはわがしなり)
自分の欠点を注意してくれる人は、誰でも自分にとっての先生だということ。 「当たる」は「当う」とも書き、「むかう」とも読む。
敢えて主とならずして客となる(あえてしゅとならずしてきゃくとなる)
自分が中心にならずに受身でいるほうが無難だということ。
氏なくして玉の輿(うじなくしてたまのこし)
生まれ育った家の格に恵まれずとも、姿かたちひとつで裕福な相手に迎えられ、住む世界ごと移ってしまう。 「氏」は名字のことで、昔は武士だけが名乗りを許された。
日を同じくして論ぜず(ひをおなじくしてろんぜず)
一方を持ち出して他方と並べること自体が、そもそも見当違いになる。ものさしを当てても目盛りが届かないほど離れた二つをいう。
沐猴にして冠す(もっこうにしてかんす)
上に立つ器ではない者が、その座にふさわしい身なりだけを整えている姿。形が整っても中身は元のままだと、人物をこきおろす言い草。 都を関中に置くよう勧められた項羽が、故郷へ錦を飾りたいと言って退けたため、勧めた者が、楚の人は猿が冠をかぶったようだと陰口をきき、聞きつけた項羽に釜ゆでにされた。
和して同ぜず(わしてどうぜず)
まわりと打ち解けて付き合いながらも、自分の見方まで相手に合わせてしまうことはしない。 調子を揃えるだけの交わりとは、そこが分かれる。
ローマは一日にしてならず(ろーまはいちにちにしてならず)
仕上がった姿だけを見て同じものを一息に建てようとしても、土台のほうが追いつかない。大きなものほど、目に見えない年数を下に抱えている。 もとは英語の Rome was not built in a day.
良賈は深く蔵して虚しきが如し(りょうこはふかくぞうしてむなしきがごとし)
腕のいい商人は、値打ちのある品を奥にしまって店先には並べない。 中身の詰まった人ほど、それを人目にさらさずに構えているという。 「良賈」は、商いの上手な人。
女賢しゅうして牛売り損なう(おんなさかしゅうしてうしうりそこなう)
細かいところに気が回るあまり、まとまるはずの話を取り逃がす。 近い勘定に目が向くと、その先の得が見えなくなる。
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず(くんしはわしてどうぜず、しょうじんはどうじてわせず)
すぐれた人物は、人と仲良くするが自主性を失わずむやみに同調しない。つまらぬ人間は、すぐに同調し自主性を欠いているということ。
座して食らえば山も空し(ざしてくらえばやまもむなし)
入るものが絶えたまま食べる一方では、どれほど積み上げた蓄えでも先細って消えてしまう。 手を動かさずに日を送る者へ突きつける言葉。
日計足らずして歳計余り有り(にっけいたらずしてさいけいあまりあり)
一見、利益が上がっていないように思えるが、長い目で見ると確実に利益があるということ。 日々の計算では儲けがないように見えるが、一年を通じるとちゃんと利益があるとの意から。
日光を見ずして結構と言うな(にっこうをみずしてけっこうというな)
日光東照宮のすばらしさを称えた言葉。日光東照宮を見ないうちは「結構」という褒め言葉を使うなということ。「日光」と「結構」を語呂合わせした言葉。
死して後、已む(ししてのち、やむ)
命がある限り精一杯努力し続けること。 死んではじめてやめるとの意から。
家貧しくして良妻を思う(いえまずしくしてりょうさいをおもう)
貧乏をすると、この境遇を一緒に乗り越えてくれる良い妻が欲しいと、つくづく思うということ。
貧にして楽しむ(ひんにしてたのしむ)
貧しくても、それなりに楽しみを持って生活していくということ。
無為にして化す(むいにしてかす)
上に立つ者の人柄が確かなら、あれこれ指図をしなくても下は勝手に整っていく。
天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)
悪事を犯した者は必ず天罰を受けるということ。 「恢恢」は広大なこと。「疎」は粗いこと。 天の網は広く、目が粗いように見えるが、絶対に網の目から漏らすことはないとの意から。
敬して遠ざく(けいしてとおざく)
うわべは敬うふりをして、内心はうとんじて近づかないこと。
狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)
重宝されていたものも必要なくなれば捨てられることのたとえ。また、敵が滅びると有能な家臣も不要になり殺されてしまうことのたとえ。 「狡兎」はすばしこいうさぎ、「走狗」は猟犬のこと。 獲物である兎が死んでしまえば、猟犬は不要になり煮て食べられるとの意から。
東家に食して西家に眠らん(とうかにしょくしてせいかにねむらん)
欲が深いことのたとえ。昔、中国斉の国の美女が両隣の男性から求婚され、東側の家は金持ちだが醜男、西側の家は貧乏だが美男だった。母親がどちらに嫁ぐのか尋ねたところ、昼間は東側の家で過ごし、夜は西側の家で過ごしたいと答えたという故事から。
灯滅せんとして光を増す(とうめっせんとしてひかりをます)
病人が死ぬ間際に一時的に回復したり、物事が滅びる前に一時勢いを盛り返すことのたとえ。灯火が消える直前に明るく輝くことから。
三十にして立つ(さんじゅうにしてたつ)
三十歳で自己を確立し独立すること。
罪なくして配所の月を見る(つみなくしてはいしょのつきをみる)
流刑地のようなわびしい地で、罪人としてではなく、普通の人として月を眺めることができたら、さぞ趣きがあるだろうということ。 「配所」は罪によって流された土地のこと。
歌人は居ながらにして名所を知る(かじんはいながらにしてめいしょをしる)
歌人は古歌や歌枕の研究によって、実際にその場所に行ったことはなくても、名所について詳しいということ。
甲張り強くして家押し倒す(こうばりつよくしていえおしたおす)
必要以上の助けは、かえって悪い結果を招いてしまうということ。 「甲張り」は家などが倒れないようにあてがう材木のこと。 家が倒れないようにあてがう材木が強すぎて、逆に家を押し倒してしまうとの意から。 「甲張り」は「勾張り」とも書く。
この親にしてこの子あり(このおやにしてこのこあり)
親の気質は、そのまま子の振る舞いに写って出る。 子を見て育てた側の人柄まで言い当てるときに使い、褒めるときにも呆れるときにも向けられる。
山雨来らんとして風楼に満つ(さんうきたらんとしてかぜろうにみつ)
何事か変事が起こる前に、なんとなく不穏な気配がただよう様子。 「楼」は、高殿のこと。 山の雨が降り出す前には、前ぶれの風が高殿へ吹きつけることから。 「山雨来らんと欲して風楼に満つ」ともいう。
死しての千年より生きての一日(ししてのせんねんよりいきてのいちにち)
死んでからの千年より、この世での一日のほうが大事だということ。
蛇は寸にして人を呑む(じゃはすんにしてひとをのむ)
まだ手のひらに乗るほどの太さでも、身の丈を超える相手を丸ごと収める構えでいる。 のちに名を成す者は、小さいうちから並外れた押しの強さを見せるという。
人事を尽くして天命を待つ(じんじをつくしててんめいをまつ)
出来る限りのことをして、あとは天命に任せるということ。「人事」は人間の力で出来る事柄、「天命」は天の命令の意。
銭は足なくして走る(ぜにはあしなくしてはしる)
金には足などついていないのに、まるで足があるかのように、人から人へと渡って行くということ。
船頭多くして、船、山へ登る(せんどうおおくして、ふね、やまへのぼる)
上に立つ者が並ぶと、進む先はかえって定まらない。 号令の数だけ、話は本筋から外れていく。 「船頭」は船をあやつる責任者のこと。
損して得取れ(そんしてとくとれ)
初めは損をしても、それをもとに将来大きな利益を得られるようにせよということ。
損して恥搔く(そんしてはじかく)
金や物を失ったばかりか、体面まで潰してしまうこと。踏んだり蹴ったりの状態にいう。
大山鳴動して鼠一匹(たいざんめいどうしてねずみいっぴき)
前触ればかりが大きくて、実際の結果は小さいことのたとえ。 大きな山が音を立てて揺れ動くので、何か大きな事が起こるのかと身構えていると、鼠がたった一匹出てきただけだったとの意から。 「大山」は「泰山」とも書く。
宝の山に入りながら手を空しくして帰る(たからのやまにいりながらてをむなしくしてかえる)
よい機会に恵まれながら、結局何の利益も得られないで終わることのたとえ。
男女七歳にして席を同じゅうせず(だんじょしちさいにしてせきをおなじゅうせず)
人は七歳にもなれば、男女の別を明らかにしてみだりに慣れ親しんではならないということ。男女は七歳になったら同じ敷物に座るべきではないという儒教の道徳から。
時は得難くして失い易し(ときはえがたくしてうしないやすし)
好機はそうそう巡ってこないうえに、来たと思っても手をこまぬいているうちに指の間から抜けていく。つかむのは難しく、取り落とすのはあっけない。過ぎ去った一日は買い戻せないのだから、わずかな間も粗末にするなという教えとしても使う。 もとは「功は成し難くして敗れ易く」と続けて説かれた句で、事を成しとげる難しさと、機を逃す早さとを並べている。
難無くして七癖(なんなくしてななくせ)
人は誰でも、多少の癖があるということ。 癖がないように見える人でも七つ、癖の多そうな人には四十八もあるとの意から。 単に「無くて七癖」、また「難無くして七癖」ともいう。
任重くして道遠し(にんおもくしてみちとおし)
任務はきわめて重大で、遂行する道程は遠く、容易ではないということ。
人盛んにして神祟らず(ひとさかんにしてかみたたらず)
人の運勢が盛んな時は、神仏でもこれをとどめることが出来ないということ。
山に躓かずして垤に躓く(やまにつまずかずしててつにつまずく)
大きなことには慎重に取り組むので失敗は少ないが、小さなことは油断して失敗しがちだということ。「垤」は、蟻塚(ありづか)のこと。
声なくして人を呼ぶ(こえなくしてひとをよぶ)
声に出して招かなくても人が集うということ。 徳がおのずと人を引き寄せるのであって、言葉で呼び立てるには及ばないという意。
いい年をして(いいとしをして)
分別ある年齢でありながら。 大人としてふさわしくない行為を非難めかして言う言葉。
簡にして要を得る(かんにしてようをえる)
簡単な言葉であるが、要点を正確に捉えている。
期せずして(きせずして)
予想していなかった出来事が起こるさま。思いがけず。偶然に。
五十にして天命を知る(ごじゅうにしててんめいをしる)
五十の年になって、自分がこの世で担うべき役割がようやく見えてきたということ。孔子が来し方をたどり、十五で学を志し、三十で自立し、四十で迷わなくなったと述べた、そのあとに続く一句。 「[[知命*https://kokugo.jitenon.jp/word/p32603]]」ともいう。
四十にして惑わず(しじゅうにしてまどわず)
四十歳にもなれば道理を理解して迷わなくなるということ。 「[[不惑*https://kokugo.jitenon.jp/word/p45488]]」ともいう。
竜は一寸にして昇天の気あり(りゅうはいっすんにしてしょうてんのきあり)
すぐれた人物は幼少期からすぐれたところがあることのたとえ。 竜は一寸の大きさの頃から天に昇ろうとする気迫に満ちているということから。
杳として(ようとして)
事情などがはっきり分からないさま。 特に、人の行方が知れないさま。
謂う勿れ、今日学ばずして来日ありと(いうなかれ、こんにちまなばずしてらいじつありと)
明日があるからといって、今日学ぶべきことを後回しにしてはいけない。学びはその時その時で真剣に取り組むべきであるということ。 朱熹が若者に対して学問に励む心構えを説いたもの。 さらにこの後に「謂う勿れ、今年学ばずして来年ありと」と続く。 「謂う」は「言う」とも書く。
杞梓連抱にして数尺の朽有るも良工は棄てず(きしれんぽうにしてすうせきのくちあるもりょうこうはすてず)
杞や梓のような良材に、たとえ数尺の腐りが含まれていても、腕のよい職人は捨てずに用いる。 人材においても、短所があろうとも、その人の長所を見抜き、それを活かして用いることが、人を生かす道であるというたとえ。 「朽」は「きゅう」とも読む。
足を知らずして履を為る(あしをしらずしてくつをつくる)
人の本性には大きな違いがなく、同じ種類のものは性質もおおむね似通うことのたとえ。 人の足の大きさはだいたい同じであり、いちいち測らずとも靴を作れる意から。 「履」は「屨」とも書く。
言近くして指遠し(げんちかくしてむねとおし)
口にする言葉は手近でやさしいのに、そこが指し示す先は遠く広い。良い物言いとはそういうものだ。「指」は旨に同じで、言わんとする中身のことをいう。
水清くして大魚なし(みずきよくしてたいぎょなし)
上に立つ者が隅々まで目を光らせると、器の大きい者ほど窮屈がり、やがて席を立つ。 西域を去る班超が、後任に「細かく詮索するな」と説いた際の一句。
寸を進まずして尺を退く(すんをすすまずしてしゃくをしりぞく)
自分から仕掛けて事を荒立てるくらいなら、身を引いて間合いを取るほうを選ぶ。 攻め手に回らず受けに回れという、兵法の言い習わしに基づく。
虚にして往き実にして帰る(きょにしてゆきじつにしてかえる)
空の器のまま門をくぐった者が、教わった覚えもないのに満ちて戻る。 すぐれた人のそばに身を置くだけで、内側が入れ替わる。
