「牛」の意味・数え方

「牛」(うし)の意味・読み方を解説します。数え方もあわせて確認できます。
牛
うし
| 言葉 | 牛 |
|---|---|
| 読み方 | うし |
| 意味 | 胃を四つもち、いちど飲みこんだ草を口へ戻してかみ直す獣。硬い草からも養いを取り出せる。 |
「牛」の数え方
| 数え方 |
頭(とう)一頭(いっとう) 匹(ひき)一匹(いっぴき) 蹄(てい)一蹄(いってい) |
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「牛」で使われている漢字
「牛」を含む故事・ことわざ・慣用句
商いは牛の涎(あきないはうしのよだれ)
商売のこつは牛のよだれのように細く長く切れ目なく、気長に辛抱して続けることだということ。
牛に対して琴を弾ず(うしにたいしてことをだんず)
愚か者にいくら立派な道理を説いても何の役にも立たないことのたとえ。牛に琴を聞かせても反応がないことから。
牛の歩み(うしのあゆみ)
ゆっくりと歩く牛のように、ものごとの進み方が遅いことのたとえ。
牛の角を蜂が刺す(うしのつのをはちがさす)
なんとも感じないこと、あるいは効果がないことのたとえ。牛は蜂に角を刺されても、まったく痛くもかゆくも感じないことから。
牛は牛連れ、馬は馬連れ(うしはうしづれ、うまはうまづれ)
釣り合いの取れた者どうしで組んだほうが、事は滑らかに運ぶ。 連れ立つ相手というのは、自然と身の丈の近いあたりに定まるもの。
牛も千里馬も千里(うしもせんりうまもせんり)
早い遅い、上手い下手の違いがあっても結局は同じところに到達するというたとえ。牛がゆっくりと歩いても馬が早く走っても千里の道のりはやはり千里で、同じ目的地に着くことから。
牝牛に腹突かれる(めうしにはらつかれる)
油断していた相手に不意打ちされ、ひどい目に遭うたとえ。 雄牛に比べておとなしい牝牛に、突然腹を突かれることから。
食ってすぐ寝ると牛になる(くってすぐねるとうしになる)
食べてすぐ横になる行儀の悪さを戒めることば。
暗がりから牛を引き出す(くらがりからうしをひきだす)
区別がつきにくいこと。また、動作が鈍いこと。 暗い所に黒い牛がいても姿がはっきりしないことから。 単に「暗がりから牛」、または「暗がりの牛」「闇から牛を引き出す」「暗闇から牛を引き出す」ともいう。
馬を牛に乗り換える(うまをうしにのりかえる)
すぐれたものを捨て、劣っているものに換えること。 足の速い馬から足の遅いうしに乗り換えることから。
老牛犢を舐るの愛(ろうぎゅうとくをねぶるのあい)
わが子に目がなく、際限なく甘やかす態度。牛が生まれた仔を舌で撫でるさまに寄せた語で、自分の子煩悩を謙遜して口にする場合もある。 子の楊修を曹操に殺された楊彪が、痩せたわけを問われて、老いた牛が仔を舐めるような情がどうにも捨てられないのだと答えた。
遅牛も淀、早牛も淀(おそうしもよど、はやうしもよど)
早い遅いの差はあっても、結果は同じだからあわてることはないということ。 「淀」は京都市伏見区にある地名で、集荷場として栄えた場所。 荷物を運ぶ牛の歩みに多少の差があっても、結局行き着く所は淀であるとの意から。 「早牛も淀、遅牛も淀」ともいう。
女賢しゅうして牛売り損なう(おんなさかしゅうしてうしうりそこなう)
細かいところに気が回るあまり、まとまるはずの話を取り逃がす。 近い勘定に目が向くと、その先の得が見えなくなる。
牛に引かれて善光寺参り(うしにひかれてぜんこうじまいり)
人に連れられてある場所へ出かけて行くこと。また、自分の意思ではなく他人の誘いによって、よい方向に導かれることのたとえ。 善光寺の近くに住んでいた不信心な老婆が布をさらしていると、その布を牛が角にひっかけて逃げてしまった。老婆は牛を追いかけて善光寺に着き、その縁によって信仰するようになったという故事から。
牛を馬に乗り換える(うしをうまにのりかえる)
不利な方から有利な方へ乗りかえることのたとえ。 足ののろい牛から足の速い馬に乗り換えることから。
牛を食らうの気(うしをくらうのき)
年端もいかぬうちから、すでに人を圧するほどの気概と大きな志を宿していることのたとえ。 虎や豹(ひょう)の子は、まだ牛を仕留める力もないのに、牛を食おうとする気迫だけは持っているという。 「食牛の気」ともいう。
馬に乗るまでは牛に乗れ(うまにのるまではうしにのれ)
高い地位につくためには、まず低い地位で力をつけよということ。また、最善の策がとれない時は、次善の策をとれということ。 馬は牛よりも速いが乗るのが難しいので、ひとまず牛に乗って練習せよとの意から。
卵を盗む者は牛も盗む(たまごをぬすむものはうしもぬすむ)
小さな悪事をはたらいた者は、いずれ大きな犯罪を犯すようになるということ。そのためにも、小さな悪事も見逃さずに戒めるべきであるということ。
角を矯めて牛を殺す(つのをためてうしをころす)
わずかな欠点を直そうとして、かえって全体をだめにしてしまうたとえ。 「矯める」は、矯正すること。 曲がっている牛の角をまっすぐに直そうとして、牛を死なせてしまうことから。 「角を直して牛を殺す」ともいう。
年寄りの言うことと牛の鞦は外れない(としよりのいうこととうしのしりがいははずれない)
経験豊富な年寄りの意見に間違いはないということ。 「鞦」は、馬や牛の尻にかけて鞍を固定する紐のこと。
羊を以て牛に易う(ひつじをもってうしにかう)
小さな物を大きな物の代わりにするたとえ。また、本質に変わりがないが、工夫して少しでも良くしようとするたとえ。いけにえの牛をあわれんで羊を代用するということから。
牛の一散(うしのいっさん)
日頃は決断の遅い人が、深く考えもせずむやみに行動することのたとえ。 歩みののろい牛が、何かのはずみで一目散に走り出すことから。
牛の角突き合い(うしのつのつきあい)
仲が悪く、何かにつけて争い合うこと。
牛の涎(うしのよだれ)
細く長くだらだらと続くことのたとえ。
牛首を懸けて馬肉を売る(ぎゅうしゅをかけてばにくをうる)
客寄せに門へ牛の頭を吊るしておきながら、奥では馬の肉を量って渡す。人へ向けて掲げる建前と、その手でしていることとが揃っていない場合をいう。斉の霊公が、宮中では女に男の装いをさせておきながら民にはこれを禁じたのを、晏子がこの言い方で諫めたという。
浮世は牛の小車(うきよはうしのおぐるま)
この世の憂さは、車輪が回るのと変わらず、絶え間なく身の上へ押し寄せる。 牛車の輪が止まることなく回り続けるさまへ、振り切れない世のならいを託した言い方。「牛」に「憂し」の音を掛ける。
